僕は、君のコートが僕のカッターをさりげなく、それでいて、確かに
隠すところを微笑みながら見ていた。
欲望というのがもし、生きる糧になるのなら、君は、まだ、僕よりも
生きていけるんじゃないかと思って。のろのろと立ち上がり近づく。
「布団、あけるよ」
彼女のわきのビニール袋の塊をつかもうとした。この手で。
「届いてからまだ一回も出していないんだ、」
すっかり重くなってしまった、僕の、左手で。
彼女は苦しそうに息を。
誰も。そう、なにも、君のせいなどではないのにー…
「――ヒラサカさん、」
それ、は。
どうしようもなく美しくあふれた雪のような旋律だった。
「君が……」
僕は。そのまだ言葉にならない何かに名前をつけようとした。
「ちょっと待ってください、あの、いえ、あの、みませんでした。店員
さん、私あの。間違いです、私っ、」
それは恋でもなく愛でもなく、もっと別の。どこか、胸をさすような。
手首を。君の、ひんやりとした声が僕の、手首を切るような。
向きをかえて
「……ヒ、」
「え?」
君を抱きしめた。名前を、
「ヒ、ミ、」
それは僕が初めて感じた、君の心の中だった。
いつか。いつだったか、コンビニの入り口に落ちていた生徒手帳に。
まだ君の手首色なんて気づいていなかった秋口の風に。顔写真を見て、
この子は名前通りの子なんだな、と、僕はそのとき思ったんだ。
氷のような、薄くて、われそうな表情が。
★
僕には二人の親友が居る。僕は今、そのうちの一人の家に居る。
彼は、美少年というものを病的に愛していて、それは、自分自身の
外見への恐怖に繋がっている。
窓のない部屋。壁によりかかり、見もしない雑誌をひらいた。かすれ
た声で、僕は言う。
「おととい、いたいけな少女が僕の部屋に来た」
少しの沈黙のあと、彼は、音楽制作ソフトから目をはなし
「い、た、い、け、な。ね、」
僕らの会話はいつもこんな感じだ。
――明日も泊めてくれよ、部屋に帰りたくないんだ。
懇願する。彼は何も言わない。
言っても言わなくても、僕が勝手に泊まることを知っているから。
「外は……、雪が降ってるよ」
「あ、い、に、く、そうらしいな」
いたいけな少女は、腕を振り払い、ドアを開け、僕の手首に香りだけ
を残して、
「あさっても、泊めてくれよ」
雪の奥へいってしまったのだ。もう、会うことはないのかもしれない。
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