「他には?」
そう聞かれるたびに僕は言葉を失っていく。
ありません、と答えるとその人は、カルテに何かを書き込む。
「クスリ、もう少し強いの出しましょうか」
「お願いします」
笑顔を崩さない。
結局あれから一週間が経って部屋への来客は僕の知る限りでは一度も
なかった。
だから今日はこのあと、布団を購入しようと思っている。
気になってしまってうまく眠れずバイト先の先輩へ相談をもちかける
と、先輩は、笑って野菜ジュースをダースで僕におしつけた。
布団とピアノと机だけで、ささやかな部屋の床は埋まるだろう。
「ささいなことでもいいから、話してごらん」
「いえ、何もありません」
笑う。
この人は、父によく似ている。
★
機械的に手を動かす。
僕は右利きだけれど、自慰のときは必ず左手を使う。
何日か経っても結局、布団は一回も使っていなかった。直接デパート
から届けられた大きな荷物は、開けもせず、ピアノの隣に置いていて。
ここ最近眠っていなかった。
僕は鍵盤に手をつき、唇を噛みながら自慰をする。暇だからといって
性的なことしか思い浮かばないのかい、君は。
そう、誰かが言った。
学校も、ピアノも、睡眠もなにもなかった。あと数週間もすれば、
全て過去形になるから。
なら、今は?
なにがある?
僕の、心を。
満たすものといえば。
それは。
……最悪のタイミングでチャイムが鳴った。
しまった、なんて、思ってもいないくせに。
パチンと鍵を開け、ガチガチとドアノブをまわす音がして、ブーツを
脱ぐ音。コートの裾をパンパンとほろう音。僕はのろのろと、ジーンズ
のジッパーをあげて。
そして。
部屋の扉が開いて、君が
「店員さん?」
「僕の名前を言うのと、布団を敷くのと、どっちがいいか選んでくれ
ないかな」
早口で。
焦っているのかもしれない。何に、とは、言いがたいけれど。
しばらくすると小声で
「布団を」
と、君は言った。
「それから、エアコンを」
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