今さらだけれど学校はどうしたのだろう。聞いてみると、何の罪悪感
もないように
「風邪ということになっています」
と君は言う。
「そう」
それならいい。
なぜだかわからないけれど、ふいに嬉しくなって、僕はページをハラリ
とめくった。
スケッチブックには、絵の具で、線を。
なぜだかわからないけれど、これを見るだけで次の音がわかるから、
僕は。けれど。
君の。
訝しげな視線。
やっぱりなぜだかわからないけれど、嬉しくなった。
彼女と居るとよくわからないことだらけで、少し。気が晴れる。切ら
ないでこんなにいい気分になったのは、本当に、久々で。
和音を続かせ、二曲終わった。
足元を見る。たまった埃が灰色の雪に見えた。
――急に。
携帯電話の音。
「ごめん」
断ってからポケットを探り、画面を見る。父からの着信。
「もしもし、」
話もうわのそらで、あわただしく動く君をながめる。
紺のコートを羽織りながら鞄を持ち、髪を指で梳かしながら机の上の
マフラーを持ち上げる。
「賛成してるって、言ったじゃないか」
瞬間、僕のカッターが床に落ち、拾おうとかがむと今度はコートが
ずり落ちた。色々あきらめ、
「いいよ。そんなに言うなら、暮らすから」
手順を確認する。
まず鞄とマフラーを床に置いて、コートを着てしまう。それからカッ
ターを机の上に戻し、しゃがんでマフラーを巻く。鞄を持つ。立ちあがる。
「わかった。じゃあ」
通話が終わったと同時に、玄関の扉がガチリと閉まった。
部屋の電気を消してしまい、僕は、ゆっくりと机に座り。
刃を、しぼっていい位置で固定する。
トロリ。
間をおいて、血が滲む。
穏やかな気持ちが広がって、僕は笑ってしまった。
必死になって選んだ過去も、電話の向こうも、音のない、雪のような
雨に隠れて消えてしまえばいい。僕すら。
もし。死んだら。
彼女はそれを知らないまま、そのまま、明日もココに来るのだろうか。
死んだと知ったら、そのまま手首を切るのだろうか、泣くのだろうか、
あるいは。
死んだら?
僕は僕の耳元で囁く。
あさっては、その次は。
その次は、その次は。
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