「しよう、したい」
「んー、いいよー」
こうも軽々しくセックスをOKする親友は、実は妻子持ちの男性と
甘い恋に落ちている。
でも、本当はそんなのどうでもよくてただ目の前の気持ちよさに、
フラフラとついていってしまう事を僕は知っている。
そうして、ゆるく腰を振りながら考える。
気になって気になって、何度戻っても人が居た痕跡すらない僕の部屋。
あぁ、実はずっと待ってて、でも立つ鳥後を濁さずで、綺麗にゴミ
とか片して帰っていってるのかも。実はずっと入れずに、マンションの
入り口でカードキーの使い方を考えているのかも。実は。
今、この瞬間もー…。
そこまで考えて、僕は、考えることをやめた。
確証のない迷いごとなんて信じたくない。信じたくないなら、信じ
なければいい。
明日はずっとピアノを弾いていよう。
★
「それ、なんのピアノですか」
君がそう言うと思って、僕はわざとマイナーな曲を弾いていた。
連続する音が、僕の耳を心地よくさせる。
「スポーツと気晴らし」
「……え?」
君は予想通りの答えをかえす。
僕は嬉しくなって、そでをまくって次のページをひらく。それを見た
彼女が、顔をしかめたのがわかった。
僕の左腕は、もう手首だけではなく腕全体に傷がついていて。
君は荷物を壁際において、僕の隣ではなく、ツルツルとしたピアノの
曲線の、むこうがわへと隠れてしまった。
「おいで」
僕は静かに言う。
遠くから
「いやです」
という声がかえってきた。僕はもう一度、静かに言う。
「おいで」
彼女は観念したように、ゆっくりと僕に近づく。
隣に立ったとき
「店員さん、」
と、彼女は言いました。
「キスしていいですか」
唐突なコトバに驚き、そして気付く。
君の手をとって袖のボタンを外すと、赤い。
赤い。
赤い傷が、どこまでも。
僕の肩にかかったストレートの黒髪が、五線譜のようにゆれる。
「そんな顔、しないでください」
お互い様です、と、言われた気がして僕は
「……僕もしたかった」
救えるはずもないのに嘘をついて、その赤に唇をつけた。
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