「あの……」
彼女はそう言って、眉をひそめて僕を見る。
それは一瞬のできごとのようで、僕にとっては結構長いできごとだっ
た。彼女が僕に話しかけてきた。僕に、話しかけてきた。
その瞳は、血の色で。
――なんてことだろう!
僕は彼女の瞳の中に自分の本性を映し出していたのだ。
あ、息が止まりそう。
切らなきゃ。
★
僕は決して良いコンビニ店員ではない。ただ、今日に限って――運が
悪いことに――入口付近がまだ汚いと、店長に叱られた。
掃除しながら、僕はいつもコンビニに来る彼女のコトを考えていた。
どうして彼女には僕と同じ
「おはようございます」
「――え、」
彼女が居た。
僕を見ている。いや、正確には、僕の手首、を、
「少しオハナシできますか?」
彼女はそう言って、首をかしげた。
「……掃除しながらでよければ」
観念してホウキとチリトリを見せた僕に、彼女はうなずいた。
「店員さん」
「なんでしょう」
「店員さんは、嫌なコトがあったときー…、なんでもないです。今日は
よく晴れましたね」
「あぁ、このトコロ良い天気ばかりが続きますね」
「店員さん」
「なんでしょう」
「店員さんは、……何から逃げているんですか?」
核心をつかれたそのコトバ。
彼女の言う「店員さん」は、どうやら僕の本当の名前のようだ。
驚きや、疑問や、色々な勢いをあわせて、僕は彼女の午後をリザーブ
した。
仕事も終わり、誰も居ないバックルームに向かって一礼したあとに、
何の疑いもなく外へ出る。あの子が電柱にもたれながら
「おつかれさまです」
と、また首をかしげた。朝と同じように、無表情で。
僕は
「うん」
と言うしかなくて、ちょっと、もどかしい気持ちになる。
朝と違って、どんよりと曇り空が覆った。
薄暗い道を、無言で歩く。
ふと。思いついて隣を歩いている彼女の左手をつかんだ。
やわらかい傷が、見てもいないのに像を結ぶ。切ってとけ出す、懐か
しい血の温かさ。
僕は……なにをしたいんだろう。
彼女を見ると、サラサラとした黒髪がなびいてとても綺麗だと思った。
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