≪ウィッチーズ・マスター≫

X−4 友達 前編

 夜の佐々倉家のリビングで、加奈子は読みかけの漫画本をパンと閉じてバンとテーブルに叩きつけた。
「絶っっっ対ヤだし! 友達になっても次の日忘れるってそれ友達じゃないし! お兄ちゃんなんかホントマジ絶交だし!!」
 などと言いつつも、洋介が買ってきたチョコバーを頬張り、洋介が買ってきたファンタを飲み干し、洋介が買ってきた漫画本をまた開く加奈子である。
 洋介は、放課後になったら声をかけて友達になり家へと連れてくればいいと提案したが、加奈子はかたくなに拒否した。
 兄として、友達のひとりでも連れて来ればいいと常々思っている、とも付け加えたが、加奈子はそれも断った。遊びたい時は自分が他の子の家に行く、今までずっとそうしてきた、というのがその理由だ。
「で、」
 と加奈子は続ける。
「フジちゃんに電話したの?」
 洋介は首を横に振る。
 加奈子と洋介の間で、いっそフジムネに魔法使いの事を洗いざらいぶちまけたらどうだという話が出たのが数日前。しかし洋介は、もう少し高橋憲太とともに粘ってみる事も考えている。ただ、勝算は何もない。
 つけっぱなしのテレビからは、大型台風が接近しているというニュースが流れている。ゆっくりと、小笠原諸島まできているらしい。
 洋介は
「暁先生は?」
 と聞いてみた。
 先日、加奈子が甘草由太を置いて立ち去ってしまったことについて、担任の暁先生から何か連絡があるかも知れないと思っているのだ。
「ない」
 と加奈子。
「お兄、気にしすぎ。自分が友達いないからって、いもーとのコーユーカンケーに口出すのやめてよ。ダイジョーブだから」
 お風呂のセンサーが鳴り、話題は終了し、次の日から雨が続いた。



 チャイムが鳴った教室で、洋介はのろのろと帰り支度を始める。窓の外はやはり雨だ。
 クラス内のそこかしこで、皆がカラオケやゲームセンターに行く話をしている。が、誰も洋介には声をかけず、笑いあいながら通り過ぎていく。
 洋介には友達がいなかった。
 正確には、今までの洋介にとって野球だけが友達だった。
 小学校の頃から地域の少年野球で腕を磨き、中学校はもちろん野球部。高校も野球で選んだほど野球が好きだった。
 だが、両親不在のなかで、洋介の負担は大きかった。基本的な家事に加えて、妹の連絡事項の確認や宿題などを見つつ、そのうえで筋トレに励む日々。遊ぶ余裕などない。休日は練習試合。たまにオフの日があると、余した家事を一気に片づけ、叔母の四ノニとともに買い出しに出かけ、ついでに昼のプロ野球観戦に連れて行ってもらうのが常だった。
 そんなわけで、小中高と、家族以外でまともに話をする人間といったら野球部の部員と監督しかいなかったのである。
 だからこそ――。
 洋介は思い出す。
 あの日、夕暮れの中、ぽっかりと心に穴が空いたまま、たまたま、立ち止まって、扉が開いて、チェリィと出会って、それで……。
 洋介は一人廊下を歩き、玄関に行き、靴を履き替えた。
 ……加奈子に…友達いっぱいの生活を送ってほしいと思うのは、そんなに悪いことか……?
 なんだか今日は後ろ向きだなと思った洋介は、ブンブンと頭をふった。
 傘をさして歩き始めた洋介は、ふと、新しいことに挑戦してみようと思った。もう野球という友達はいないのだ。商店街に足を向ける。
 学校から家までの道のりは一時間弱。トレーニングがわりに走りながら行けば30分程だ。学校から市営球場、駅に面した商店街の裏路地をぬけて住宅街、桜田東小学校を通り過ぎてまた別な商店街を通り過ぎたのち、佐々倉家がある住宅街へとたどり着く。
 チェリィと出会った喫茶店は、駅に面した商店街の裏路地にあり、最短ルートとして毎日そこを通っていた。けれどもう、そんな事をしなくても誰も何も言わない。
 洋介は表通りを久々に歩くことにした。
 雨のせいか、人はまばらだった。ぽつぽつと歩いている人は、色とりどりの傘をさしている。
 すこし新鮮な気分になった洋介は、普段なら行きそうもない店に入ってみようか、とも思った。買い食いもいいだろう。もしくは、ゲームセンターに行ってみるのもいいかも知れない。そう考え、パシャリと一歩をふみだした。その時。
 裏路地に続く細い通路に、うずくまっている人影をみつけた。
 体育座りで膝に頭をつけ、金色の髪の毛は雨に濡れそぼっている。
 洋介は一瞬、高校の食堂で会ったあの外人転校生かと思った。だが、明らかに小さい……子供だ。
 雨は降り続いている。
 洋介はとっさに傘をかけ、すると子供はハッとしたように顔をあげた。ぱっちりとしたエメラルドグリーンの瞳が洋介をとらえる。
「……誰?」
 その声をきいた瞬間、洋介は衝撃をうけた。記憶の中の、チェリィの声が、目の前に鮮やかに浮かびあがる――。
「チェリィ……。チェリィ?」
 洋介の問いに、少年は小首をかしげた。
「お兄さんは、チェリィさん? なの?」
「いや、俺は……ヨウスケ」
「ヨースケさん」
 チェリィと瓜二つの声を持った少年は、チェリィと同じようなイントネーションでそう言い、洋介から地面へと視線をずらした。じっと雨粒を見つめる。
「ボクは……、なんだろう。なにか…っクシュン!」
 少年はぶるっと震え、両手で自分の体を抱きかかえた。
 それを見た洋介は、いてもたっても居られず、少年に傘をあずけて100円均一ショップへと走った。タオルとホッカイロと傘を買って戻り、少年の頭を拭いてやると、また思いついて自販機でホットココアを買った。
 少年は缶を手に持ち、ほうっと息をつく。
 しばらく無言の時間が続いたあと、洋介は「あのさぁ」と少年に話しかけた。
「カラオケ行かねぇか?」

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