≪ウィッチーズ・マスター≫

X−5 友達 後編

「カラオケ……?」
 少年の不思議そうな声に、洋介はかぶせるように言い訳をした。
「いや、ほら、さ、濡れてるし。家知らねーし。休めるかもな、って。隣だし。カラオケ。待ち合わせかなんかか? 時間ねーなら別にー…」
「いいよ」
 少年は、ふわっと笑った。チェリィと同じ声で。
「一緒に行く」
 二人は隣のカラオケボックスに入店した。洋介はまごつきながらも会員登録を済ませ、入室する。
 見ず知らずのどこかの子供と二人でカラオケ、という奇妙な状況以上に、洋介は「カラオケのシステムが分からない自分」にドキドキした。帰り道で思っていた「新しいことへの挑戦」とは、まさにこのことである。
 カラオケ自体は2回目だが、前回、シノ叔母さんに連れて行ってもらったのは小学生の頃だ。曲を入れるまでにも試行錯誤の連続だった。
 流行りの曲はまったく分からず、結局、昔加奈子と見ていた戦隊アニメのオープニングを入れた。しかしいざ歌うも、途中のメロディがあやふやで「ふ〜ふん〜♪」と誤魔化す。やっとサビになって再度歌い始めるも、ジュースが運ばれてきて、気恥ずかしさのあまり尻すぼみになる。
 一曲目がおわり、ひとまずマイクを置いた洋介がちらりと少年を見ると、彼はとても楽しそうにしていた。
 ジュースも初めて飲んだかのように美味しいと言い、部屋の中にあったタンバリンやマラカスを持ち、シャンシャンと振る。
 洋介のほうもだんだん慣れてきて、いくつか歌い続け、ついには拳をにぎってプロ野球応援歌を盛大に歌いきった。
 少年は大きな拍手をして、洋介に言った。
「ヨースケさん! すごいすごい! ボクたち、もう友達だね!」
「とも……」
 洋介はマイクを握り直し、
「あぁ、友達だな!!」
 大声で言った。マイクの反響は部屋中に響き、次の応援歌が始まった。
 そこから終了時間まではあっという間であった。
 二人はすっかり楽しい気分になり、部屋から退出した。
「ヨースケさん、最後の曲楽しかったです!」
「俺も。いやー、歌えるもんなんだなー」
「あっ、あとあの踊ってる人たちが出てくる曲のー…」
 少年が言おうとしたとき、
「ユータ!!」
 店の出入り口から声が響いた。
 立っていたのは甘草・クォーツフォルン・ロミオである。彼は目を丸くして「佐々倉先輩?!」と叫び、ツカツカと二人のもとへ歩いてきた。
 洋介を睨みつつ、ロミオは少年を洋介から引きはがす。
「……弟がお世話になりました」
 まったく感謝してなさそうな言葉に、洋介はムッとした。
 そんな洋介を無視して、ロミオは長財布から一万円札を数枚取り出す。洋介に押し付け
「これで足りますね? 行くよユータ」
 口元を隠しながら、反対の手で少年の手を引っ張った。
「えっ? あの、えっ、誰?? やだ、助けて、ヨー…」
 とたんにガクンと少年はくずれおちた。
 ロミオは慣れた手つきで少年を抱き上げ、
「どうやら弟は眠ってしまったようです。では、失礼します」
 洋介に背を向けてスタスタと歩きはじめた。自動ドアが開くと、出てすぐに右に曲がり、姿が見えなくなった。
 一分足らずの出来事であった。
 茫然と立ちつくしていた洋介だったが、とりあえず会計カウンターで料金を払った。当然、一万円もしない。お釣りと残りの札をポケットにつっこみ、洋介は店を出た。
 雨はまだ降っているが、傘をさす気分にはなれなかった。
「………」
 左におれて数十歩あるいたところで、
「……〜っ!」
 洋介はバッと向きをかえた。ロミオと少年が去った方へと走り始める。だが、商店街の終わりまで走っても見つからなかった。
 ロミオは傘をさしていなかったため、おそらく親の車で来たかタクシーを使ったのだろう……という考えに至るまで、そう時間はかからなかった。
 荒れた息をととのえ、洋介は改めて傘をさした。
 沈んだ気持ちで、裏路地からもう一度自宅のほうへと歩き始める。
 しばらく進んだところに地獄ラーメン激辛本舗の看板を認め、また進むと、はす向かいの空き地が見えてきた。洋介は足をとめる。チェリィの事を思い出しながら、しばらく雨の空き地を眺めた。
 そのままぼんやりしていると、遠くからパシャリパシャリと足音が聞こえ、やがて、洋介の真横で止まった。
「………?」
 不審に思った洋介が横を見る。
 抹茶色のスーツが見える。
 傘を斜めにするとネクタイが、もっと斜めにすると栗色の髪に抹茶色のキャスケットをかぶった青年が見えた。
 洋介の声にならない声が、ヒュッと音をたてる。
 青年、サバラン・サラダコーンはニッコリと微笑んだ。
「緑色のペンダントを持っているでしょう。今すぐ私に渡しなさい」
「……うるせぇ、警察呼ぶぞオッサン」
「おや、」
 サバランはある事に気づき、グッと洋介に顔を近づけた。
 スン、と匂いを嗅ぐ。
 魔法を使用した直後の、独特の甘い血の芳香がかすかに鼻をかすめた。
「やめろ!!」
 洋介はあわてて腕でサバランを押し返す。
「マジで警察呼ぶぞこの……っ不審者!!」
「君、魔法使いと会いましたね? どこの誰です? 名前は?」
「誰って、魔法使いとかじゃねーから! と……、とっ、友達と遊んだだけだから!!」
 言ったあと、洋介は「友達」という響きに思わず顔がにやけた。
 サバランは静かに眉をひそめる。
「ちょっと気持ち悪いですね、君」
「うるせーよ!!」
「まぁいいでしょう。君が鍵になることは分かっていますので、影で待つことにしましょう。ケークロム・パ・エラーリャ」
 スーツ姿の青年は洋介の体からのびる影の中に沈んでいった。
 首まで沈んだところで、サバランは「何かあったら呼んでください」と洋介に声をかけたが、洋介は、何があっても絶対呼ばないと心に誓った。

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