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「ただいまぁー…」
加奈子が佐々倉家の玄関を開けると、リビングから「おかえり」と声が聞こえた。
兄の佐々倉洋介は夕飯の準備をしているところらしい。美味しそうな匂いが、ふんわりと玄関先まで漂ってくる。手洗いうがいを済ませてリビングに行くと、加奈子はランドセルをぶん投げてソファにドッカリと座った。
「あー! もうやだもうやだもうやだー!!」
叫びながら手足をじたばたさせる。
「どうした?」
「お兄ぃ〜ちゃ〜〜〜ん、もー聞いてよぉ!」
加奈子がだいたいの事情と出来事を説明すると、洋介は、その子が家にちゃんと帰れたのかどうかが気になると言った。
「知らないよ! 勝手に走ってったんだもん。自業自得でしょ」
「あのなぁ……、………」
「どーしたの」
「いや、兄ちゃんの高校にも転校生がきたから。たぶん兄弟だろ。連絡つくんなら家に帰ったかどうかー…、でもなぁ」
「いいじゃん、やってよ!」
「2年生なんだよ。面識ねぇし。佳乃からちらっと聞いただけだし。佳乃も番号知ってるかわかんねぇし」
野球部のマネージャー・奈良佳乃とばったり会ったのは、昼休みの食堂前だった。お久しぶりですと挨拶した佳乃は、それより聞いてくださいよと興奮気味に喋った。外国人の転校生が佳乃のクラスに来たのだと言う。それがもう少女漫画に出てきそうなサラッサラの金髪に碧眼のイケメンで、日本語が喋れてミロが好きらしい。
「ミロ?? って、あの?」
加奈子がキッチンまで走って、粉のミロを持ってきた。
「この?」
洋介は「その」と頷いた。
佳乃は転校生と会話したくて、会話の糸口になるであろうミロを買い求めて食堂の自動販売機まで来たというのだ。しかし、四台ある自販機にミロは売っていなかった。
「たしか佳乃も甘草なんとかミロ君、とか言ってたから……」
洋介は佳乃にメールし、洗濯物を二階へ持って行った。
今日の佐々倉家も両親は不在だ。
父親は昨日、洋介たちが学校の間に家に帰ってきたらしく現金入り封筒だけをテーブルに置いていった。
母親は、今は九州で公演中だ。壁に貼ってある全国公演のスケジュールによると、年末の千秋楽公演は東京で開かれるらしい。
佳乃からの返事はすぐに来た。聞いてみるとのこと。
ほっとした洋介は、加奈子と二人で叔母の四ノ二が作り置きしていった夕飯を食べた。皿洗いしている最中に携帯がピロンと鳴る。
「加奈子ー。ユータ君は家に帰ってますだってさ」
「ほんと?! よかったぁ〜…」
加奈子は胸をなでおろした。
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次の日の昼休み。洋介は食堂に来ていた。
父親からの小遣いで、懐は温かいを通り越して灼熱の小金持ち。今日はもりもり食べるつもりで券売機の前に立った。いつもは買わないゆで卵も、今日は押せる。
食堂のおばちゃんに券を出し、番号札をもらって席に着いた。食堂内は腹を空かせた学生たちで混沌としているが、今日はそれすら気にならない。ニヤニヤしながら番号札を眺めていると、突然入り口付近でどよめきが起こった。
洋介が視線を向けると、サーっと人の波が二つに分かれていく。
中央に立ち、歩いてきたのは、顔を真っ赤にした佳乃と金髪碧眼の少年だった。桜田東の制服をすらっと着こなした細身の少年は、物珍しそうに食堂を見渡している。
佳乃は洋介を見つけると駆け出し、
「ササクラ先輩っ……!」
座っている洋介の背中に両手を置いた。ぎゅっとワイシャツを掴み、隠れるように縮こまる。
人々の視線を一身に受けている少年は、ゆっくり洋介の横まで歩いてくると、横の席に座った。金の前髪を指で払う。
佳乃が背中から言った。
「先輩……。甘草・クォーツフォルン・ロミオ君です……甘草くん。こちらが昨日のササクラ先輩デス……」
「初めまして、先輩」
少年の口から、よどみない日本語が流れた。
「甘草・クォーツフォルン・ロミオです」
手のひらを差し出す――握手を求められている。
その時、洋介の中に続々と魔法使いたちの顔が流れていった。日本のものではない整った顔立ち。流暢な日本語。明らかに作られた笑顔。上流階級とハッキリわかる所作。
けれどまた、洋介の中に否定するような自分もいた。
魔法使いなわけがない。
何度も何度も、そんな偶然があってたまるか。
握手を交わしたとき、番号が呼ばれた。洋介が、定食とかき揚げうどんとゆで玉子とほうれん草のおひたしと大量の牛乳寒天を持って席に戻ると、ロミオはまだそこにいた。洋介が持ってきた量に
「Oh,What happened to this?」
と目をまるくする。
テーブルの上には、飲み終わったミロの缶が乗っている。彼の昼食は持参のミロで終わりらしい。
洋介は手を合わせて豪快に食べ始めた。少年は動かずに、じっとそれを眺めている。ようやく、昨日の件についての何かのコメントが欲しいのではと思い当たった洋介は、ほうれん草を飲み込むと箸を置いた。
「あー…、昨日は加奈子が……、妹が悪かった」
「えぇ、そうですね。けれど安心して下さい。弟の持ち物にはGPSをつけています。迷子になっても、発見が可能です……、えー、見る、発見…」
「見つけることができる」
「それです。迷子になっても、見つけることができます。ですから、友達になってください」
「……俺と?」
「違います。弟とカナコちゃんが友達になります。いいですか?」
話し方は流暢でも文法はまだまだのロミオに、洋介は好感を抱いた。魔法使いじゃない。きっと、たぶん、絶対だ。
洋介は気軽に請け負って、牛乳寒天を腹に流し込んだ。