![]() ![]() |
![]() |
風切湖太郎はじっと洋介を見つめる。
「……名乗るつもりがないなら、こちらも名乗る気はないよ」
洋介は、高橋の言った通りだと思った。
向こうの世界では、最初にお互いが名乗る。そして階位が低い方が目上に挨拶するのが基本だ。もしこの少年がゼルフラッペ子爵家以上の家柄だと、こちらが下手に出なければならない。名乗らない場合は、対等に話がしたいという合図だ。どう転んでも自己責任だとお互いが了承したことになる。たとえ言い争いになった挙句死んだとしても、だ。
風切の表情がふっと和らいだ。
「名乗らないにしても、これだけ忠告するよ。こっちはドコとは言わないけれど領主の命で動いている。邪魔するなら、オニイサンが領主以上の爵位じゃない限り罪に問われるけれど大丈夫?」
洋介は、思いつく限りの不敵な笑みを浮かべる。
「大丈夫だ。俺はシチュー領初代領主デリーシャフレア・シチューから伝言を預かっている身だ」
――伝言も何もねえけどな!
洋介は心の中で叫んだ。
完全なハッタリにもかかわらず、目の前の少年は息をのんだ。効果は抜群である、
風切は少し思案し、
「こちらはクリーム領領主カムウィンドール・クリームの命で動いている」
手の内を明かした。
「彼女は……風属性千里の魔法使いナッツ・レモンライムである可能性が高い。この名はご存知だよね?」
――誰だよ!!
洋介は心の中でもう一度叫んだ。
が、そんな心の声は一ミリも聞こえていない風切である。お互いの正体が知れたことで安心し、風切は洋介に歩み寄った。
「シチュー領と違って、クリーム領では純血も単一属性者の数も年々減少している。単一属性者で、女性で、適齢期まで「戻っている」ナッツ・レモンライムが戻れば、また少し血が繋がると領主様は考えていらっしゃる」
「……記憶がなくてもか?」
洋介の問いに、風切は爽やかに笑った。
「逆にない方がいいよね? 扱いやすいし」
「―――ッ!!」
カッと洋介の頭に血がのぼる。
が、耐えた。ここで取り乱しても何の得にもならない。ギリッと拳を握り、洋介は深く息を吸った。
「我らが主は、」
できる限りグリロール・ポトフェルを意識する。あのへんな着物の着方がハッキリと浮かぶように。
「我らが主はこちらの世界、特に日本に対してことさら情をかけておられる。不必要に干渉するなとの御言葉を預かっている」
「その辺はぬかりないよ」
風切は笑い、中学校の校舎に目を向けた。
「大変だったけれど、色々調べたからね。彼女がこの学校を卒業するまでは行動を起こさない。連れて行くときも僕の属性魔法で、周囲の人間全員に「彼女は死んだ」と錯覚させる。心配は無用だよ」
今もそうして入り込んでいる、という風切の言葉に、洋介は背中がぞくりと冷えた。フジムネの話が思い出される。生徒会長だけが風切を幼馴染だと言い生徒会に招き、会長と同じ小学校だった人々は何故か風切の存在を知らないという……。
「そろそろいい?」
風切はニッコリと笑いながら首を傾けた。
洋介は、頷くしかない。
「あぁ……向こうの電柱の影に走ってくれれば、解くから…」
「そう。ありがとう、またね! オニイサン!」
少年は洋介に背を向けて走った。洋介自身も近くの家の影に隠れる。
潜んでいた高橋が「ヂェグレズ・リワキューサ」と言い、空間が消滅した。人々や車が現れる。少年は一度ふり返り、大きく手を振ったあと走り去った。
「……先輩、」
「はああああああ〜〜〜……っ」
洋介はしゃがんで大きくため息をついた。
「憲太あぁぁ、俺どうしよおおぉぉぉぉ」
「先輩落ち着いて。コーラ飲みます?」
「もおおおぉぉぉ、お前ほんとコーラ好きだしいぃ」
頭を抱えている洋介に、高橋は一応と思い自販機で缶のコーラを買ってきた。手渡しながら
「よくシチュー領領主様の名前知ってましたね」
と高橋が言ったため、洋介は、気に入られて折り紙をプレゼントしたくだりをかいつまんで話した。
だが、そんな事よりも、フジムネの悩みをどうにもできなかった自分が悔やまれる。今は九月も終わりに近づいている。あと半年の間に何とかしないと、フジムネは向こうに連れ去られてしまうのだ。しかも、ひっそりと。死んだという錯覚をすり込まれて。
あの時、デリーシャフレア・シチューの誘いに乗り『またの渡航の口添え』を受け取っておけば良かったと洋介は思った。そうすれば、万が一フジムネが連れ去られた時に何とかできるのかも知れない。
何とか、とは?
自分には何もない。
魔法もなければ爵位もない。
チェリィを助け出す甲斐性もなければ、渡航の手段すら持っていない。
「くそっ!!!」
洋介はコーラを一気飲みして空き缶を思いきり地面に叩きつけた。
高橋憲太がそれを拾い、眉尻をさげて「先輩、」と声をかける。
「とりあえずイトコさんの卒業まで、作戦考えましょうよ」
「いや……ってか、クリーム領ってお前のトコじゃん……」
「まぁ、そうですけど」
「ナッツなんとかって、誰?」
「あ、オレも聞いててビックリしたんですけど、第二王妃アンリ様の、お母さまですよ。つまりチェリィ王女様の祖母にあたるお方ですね」
「そっかぁ……」
無力感に打ちひしがれているため、洋介のリアクションは薄かった。高橋はそんな先輩を励ますように肩をすくめる。
「なんか、縁があるみたいっスね」
「何が?」
「いや、なんか、この調子だと、カシ様まで現れるんじゃないかと……」
「ははは」
洋介は、カシ様って誰だっけと思いながら空笑いした。