≪ウィッチーズ・マスター≫

W−8 高橋憲太、再び

 洋介は、高橋憲太とともに夜のハンバーガーショップに居た。
 テーブルの上にはハンバーガーやポテト、ドリンクが二人分乗っている。
 先日、偶然会った猫野黒月が、例の転校生とフジムネの二人が魔法使いだと言った時、問い詰めようとした洋介に黒月は
『説明メンドー』
 と塾の手提げ袋をかかげた。
『これから塾だし。それに、もっと説明上手い人いるでしょ。あの野球の』
 そこまで聞いて洋介はピンときたのだ。メロン・ゼルフラッペこと高橋憲太なら、洋介が疑問に思っていることを諸々説明してくれるのではないかと。
 そんなわけで、ダブルチーズバーガーのポテトLセットを食べている高橋に、洋介は先日の出来事を説明した。高橋はペロッと指についたチーズを舐める。
「カシ様が第二妃を娶られた頃っスね。第二王妃のアンリ様は、チェリィ王女様の母であらせられるお方で――、もう亡くなってますが……。大変お美しい方で、クリーム領の中でも相当数の男たちがアンリ様をめぐって争っていたとか。あ、クリーム領の出身なんですよ」
 洋介の頭に疑問符がいくつも浮かぶ。
「いや、俺が訊きたいのは、俺のイトコはもう八年も前から桜田に住んでるし、魔法なんか一度も使ったことねえし――」
「先輩、」
 高橋はチッチッチと指を振った。
「魔法使いがいつもどこでも気軽に魔法使うなんて、異世界マンガの読みすぎですよ。そんなリスキーな事しなくても、皆向こうでフツーに暮らしてたでしょう?」
 その言葉をきいて洋介は思い出した。
 領主だという男が空を飛び、人々が拍手喝采していた光景。向こうの世界を旅行している間、魔法を使ったところを見たのはそれだけだった。
「魔法とは、血と時間です」
 高橋が両手のひらを差し出した。
「我々が魔法を行使するとき、対価として自らの血と時間を犠牲にします。ただ、それもいろいろと条件があって……」
 思いやりあふれる後輩はノートに図を書きながら説明してくれた。
 まず、向こうの世界では純血と二属性持ちしか魔法は使えない。三属性以上が交じり合う人間はエンコーダと呼ばれ、差別を受けていること。これらは洋介も双子から聞き、また、肌で感じたことでもある。
 そして魔法を使うときは血と時間を対価とし、二属性である高橋やレモン&ピーチの場合だと、基本の低レベル魔法で、10cc程度の血と一日ぶんの時間を消費するという。
「純血の方々は、同じ魔法を使ってもせいぜい針一本チクッとして出てくる位の血と、まぁ一分くらいの時間です。ここまでが前提で、」
 高橋は、シュッとノートに曲線を書いた。
「渡航にも魔法が使われます。血はほとんど使いませんが、時間の対価はこの曲線みたいに倍々に膨れ上がっていくんです」
 一回の渡航で一ヶ月ぶんの時間、二回で二ヶ月、三回で四ヶ月……。
「オレは今回の渡航で、だいたい五年分の時間を失いました。時間を失うっていうのは、まぁ、簡単にいうと時間が戻る。見た目が若返る感じです」
 洋介は猫野黒月の言葉を思い出した。
 高橋は、こんな見た目だが既に成人しているのだ
 魔法を使えばずっと不老不死なのではと洋介が質問すると、高橋は「それは……デリケートな問題ですね」と言った。
「今はそこ省きます。とにかく、この渡航に関する対価だけは、魔法を使うのと逆なんです。エンコーダはゲートを使えば全然対価は要りませんし、事前に審査もありますから、こっちでいうフツーの海外旅行客と同じです。ただ、俺ら二属性の者は覚悟しないと何回も渡れないし、純血の方々だと対価曲線がもっと酷い」
 高橋は先ほどの曲線をなぞりはじめ、ある地点から角度をギュッと曲げた。
「前にも言いましたけど、こっちの一年は向こうの五年に相当します。そのイトコさんが八年前に来たというなら、少なくとも四十年以上前にこっちへ渡航したと見積もって……。アンリ様が生きてらっしゃった時代にはゲートもなかったし、対価は今よりも更に高かったハズです。一気に時間がなくなれば、その分記憶も消えやすくなります。オレも……」
 そこまで言って、高橋はぼんやりとノートを見つめた。
 声をかけられずに照り焼きチキンバーガーを頬張る洋介。高橋は、コーラをグイッと飲みほしてからチェリィ・ソフトクリームへの想いを語った。
 王女様は数か月に一度、世界全体を覆いつくす最上級の魔法を行使している。だがそのたびに、生活した数か月ぶんの時間を失っている。城という閉鎖された空間の中で、老けず、成長せず、精神年齢さえも最初に魔法を行使しはじめた十四歳の時のままの少女。生まれてから四十年近くずっと時間も心も奪われ続け、ついに家出したと報道されたとき、高橋は生活への困難感よりもただただ感動したという。
 話が脱線してきた事に気づいた洋介は、軽く手を挙げた。
「あー、つまりフジ……俺のイトコが魔法使いだったとしても、今は普通に暮らしてるし特に害はないって事だよな?」
「あ、え、っと、ハイ。オレの見立てで悪いんですけど、たぶん」
「じゃあ転校生は?」
「そっちの方は……、わかんないっスね」
 高橋はドリンクを振った。ジャラジャラと残った氷が鳴る。
「聞きます?」
 と高橋。
「え?」
 と洋介。
「聞くなら協力しますよ。対価も、気にするほどじゃないですから」



 午後三時半の桜田東中学校。
 生徒会の仕事を終えた火影冬河と風切湖太郎は、風邪で休んでいる高遠フジムネを見舞うつもりで校門を出た。
 火影はプリントを手に持ちながら、早歩きで進んでいく。少年はフジムネのことが好きなのだ。まだ告白までの勇気は出ないが、進路もフジムネと同じ南に変更したくらいには好いていた。
 風切はほほえましく思いつつ、彼の数歩後ろを歩く。
 と。直後に通り過ぎた不快感に顔をこわばらせる。バッと見渡すと無人の道路。魔法使いしか入れない空間に捕らわれたのだと瞬時に理解する。
 道路の向かい側に、桜田東高校の制服を着た男が一人立っていた。
「お前、魔法使いだろ」
 男、佐々倉洋介は言った。
「何のためにフジムネに近づいた? 返答次第で攻撃魔法を打つ」

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