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「娘のような存在ですから、誓ってそのような事は……ありえません」
サバランの返答に、ワッフルはあからさまにがっかりした。 注射器を置き、再度床に這いつくばる。亡者が骨をかき集めているような光景である。
サバランは続けた。
「博士はクォーツフォルン・コーヒー様の居場所をご存じですか?」
「知らん」
「カシ様の指示で、今年中にクォーツフォルン様を捜さなければなりません。どうかご慈悲を」
「知らんと言っている」
「ヒスイの種は博士がお作りになられた宝飾品ですよね? 今はチェリィが持っていますが……、あれは発芽するのですか?」
「邪魔だ。出て行きたまえ」
ワッフルは紙を集めきり、立ち上がった。乱雑に置かれた本を開き、紙束を差し込む。別な本を手に取り、パラパラとページをめくり始めた。ギョロリとした目が左右に動き、文章を読み始める。
もう答えてもらうことすらできないと思いつつも、サバランは食い下がる。
「私は旧コーヒー領の出身で……純血水属性でした。元老院長老は純血火属性。カシ様は純血土属性だったと聞いています。クォーツフォルン様がもし第二覚醒を起こしていたならば、博士の研究も多少は前進するのではないですか?」
反応なし。
機嫌を損ねるギリギリのラインと判断し、サバランは「失礼いたしました」と踵を返した。
直後。
「種はカシに持たせろ」
後ろからワッフルの声が飛んだ。
「あれは時間に飲まれた時のための保険だ。近くになければ意味がない」
振り返らず、サバランはドアノブに手をかける。
お馴染みの赤い絨毯が敷かれた廊下に出ると、彼はすぐに数歩進んで隣のドアに手をかけた。
接続し、開く。
簡素な部屋の中、黒のドレスに身を包んだチェリィ・ソフトクリームが
「サバラン!?」
と叫んだ。
先ほどまで対峙していた元老院やら博士やらとは違う、驚きながらも好意的な可愛らしい声に、サバランの心は少し和らいだ。
しかし、時間がない。
挨拶も手短に済ませる。
「チェリィ。久しぶりだね。今日も愛らしい声を聞かせてくれてありがとう、私は心から喜んでいるよ。時間がなくて残念だけど、カシ様に言われてヒスイの種を取りにきたんだよ。渡してくれるかい? っと、そうそう」
サバランは金のアタッシュケースから、手紙を取り出した。
「カシ様からだよ」
手紙を受け取ったチェリィは、浮かない顔でそっとベッドサイドに置いた。
「……ヒスイの種、渡せない…」
そう言って斜め下にうつむくチェリィを見て、サバランは思い出した。小さい頃、悪戯をして隠しているときや悪いことを隠しているとき、よく見た光景だ。
だがお嬢様の機嫌を取るような時間はない。
サバランは単刀直入に
「失くしたのかい?」
と訊く。
「失くしてない……けど…」
「チェリィ。申し訳ないけれど、急いでるんだ」
「………」
押し問答している時間も惜しいが、ここで責めると益々口を開かなくなるのは小さい頃のチェリィで経験済みだ。サバランはチェリィから離れ、扉の付近でアタッシュケースを置いたり持ったり、帽子をとったりかぶったり、髪を横に撫でつけたり分け目を変えてみたり、ポケットのハンカチーフを四角や三角に折ったりした。
ようやくチェリィが口を開く。
「あっちに置いてきた」
「あっち? ――界外の事かい?」
コクンと頷くチェリィ。
サバランは心の中で盛大に舌打ちをした。時間がなくて焦る自分を自覚し、外側だけはどうにか取り繕う。
「そうか……丁度良かったよ。近々界外に行く用事があってね。その時に回収しよう。具体的にどこにあるんだい?」
「ヨウスケ」
「、ん?」
「ヨウスケにあげた」
「ヨー…スケ?」
「サバランも会ったでしょ? 喫茶店で。シルフおじさんの手紙持ってきたとき」
サバランは口に手をあてて、遠い記憶を探る。チェリィが戻ってきてから、こちらでは既に半年近くが経過していた。
――確かに……少年がいた。チェリィを守ろうと無謀にも立ち向かおうとして――、そして、私は言った……君は光の人間で、私たちは闇の魔法使いだ、と……。光――…?
サバランはアタッシュケースから紙束を取り出した。
数枚めくり、文章を見る。
【竜の預言者、始まりの男、幽閉されたカオスの魔法使いは、昼の月が白く浮かぶ季節、一筋の光をみる。光は千里をかけぬけ、純粋な水と邂逅し、種を発芽させる。】
「サバラン?」
チェリィの声にハッと顔をあげる。
「落ちてる、手紙……」
指さしたチェリィ。足元を見ると、封筒が落ちていた。アタッシュケースからこぼれたらしい。拾うと「緑の影へ」の文字。サバランの脳裏に、昔きいた懐かしい声で、言葉が再生される。
【少年は異界へ渡り、その傍には私が見える……光と種が私を呼び覚ます時、私は君の力を必要とするだろう。君は聡い、きっとうまくやれる。】
私はそこまで聡くない、と、サバランは思う。
何もかもが。あらゆる可能性が、混ざり合う全ての思想が、人々の思考が、カシ様の視る予定調和の中に納まっている。未来はうねりつつも予定通りに進み、そこには粉うことなき王の意思がある。
行き先は決まった。
サバランはチェリィに別れの挨拶をし、扉を大きく開いた。