≪ウィッチーズ・マスター≫

W−6 扉は開かれる 前編

 ボンボンスチューテ城の東面二階に、抹茶色のスーツに身を包んだ青年が立っている。 サバラン・サラダコーンは、金のアタッシュケースを持ち直した。その中には、書棚から抜き取った未来の紙束と、封筒が四枚入っている。
 今日はそれに加え、四角と棒線が数百書き込まれた紙を手にしていた。接続直しの作業に欠かせない、扉と部屋の接続図だ。城の扉と呼応する部屋を、月に一度繋ぎ直す……。サバランにしかできない作業であった。
 各部屋を繋ぐ際に、必ず一度は部屋に入らなければならないため、扉を開けるたびに様々な事象に遭遇する。毎月この日と決めて告知しているにもかかわらず、部屋を空けない人間は多い。
 貴族と貴族の逢瀬にうっかり乱入したり、紙の棒線を読み間違えて明らかに違う部屋を繋いでしまったり。そして、苦手な人物がわざわざ待ち構えて挨拶してきたり――。
「待っていたよ。事務局長クン?」
 言葉のはしを持ち上げるようにしてソファに座った少年は微笑んだ。
「いや、事務局長は違うかな……、カシ様の付き人としての君を待っていたんだよ。ねぇ?」
 少年――元老院長老ローレルカンバキュ・バジリカレールは、隣に立っている壮齢の男に同意を求めた。元老院長老次官シルフスコッチ・クリームシチューはそれを受けて頷き、
「すまないが、少し時間を。いいかね?」
 紳士的な態度でサバランに椅子を勧めた。
 サバランは持っていた紙を握りしめ「いいえ、ここで」と笑顔を作る。
「まずはご挨拶を。本日もご健勝であらせられるお二方の御尊顔、拝見できて光栄に思います。私も近々面会予約をと思っておりました」
 嘘である。
 本当は会いたくなどない。
 この三十年余り、カシ様の不在を誤魔化すにために、何度冷や汗をかいたか知れない。
 RK・バジリカレールは「ハン、」と鼻で笑った。
「お世辞はいいよ。聞きたいことは分かっているよね」
「ペッパー家に関する事ですね?」
 サバランはわざと深刻な顔を作った。早口で続け、話題をずらす。
「副局長のカスタネット・カスタードがペッパー家の要請を受けて先日、当主交代の儀式に赴いた事は元老院の方々も知るところでしょう。ですが、儀式というのは名ばかりで、数十名の領民が……私の知り合いも殺されました。実は、」
「違う」
 少年はピシャリと遮る。
「サバラン・サラダコーン君。ボクがこの城に来る前からカシ様の付き人として勤務しているよね。だから君がいるだけで、カシ様もそこにいるような気分になるけれど、実際は違う。……元々の身分が低いから、みんな君のこと小間使いみたいに扱っているけど、ボクは君のこと、結構好きだよ。第二覚醒が終わった後のボクにスープを持ってきてくれた事もあったし……。言い訳はしなくていい。責める気はないし、処罰なんてことも絶対にないから、正直に言ってほしい」
 シルフスコッチもサバランに声をかけた。
「我々の勘違いであるなら、一言、ご健在だと言ってくれれば良い。病に伏しておられるなら、我々もそれ相応の対応をしたい。言ってくれるかい」
 サバランは沈黙した。答えるかわりに、金のアタッシュケースから手紙を取り出す。
 夜、空虚な王の寝室で、過去から受け取った手紙のうちの一つ……チェリィ宛てとコーヒー宛ての次に出てきたものだ。封筒はもちろん、真新しいものに取りかえてある。
 受け取ったRK・バジリカレールは、懐からペーパーナイフを取り出した。丁寧に切り、中を開く。誰にも真似できない特徴的な崩し字で、しばらく人間界に渡航すると書かれていた。期間は一年間。急用だったため直接の別れを言えずにすまない、とも書き添えられている。
 読み終えた頃合いを見計らって、サバランが口を開いた。
「カシ様は現在、お二方の仰る通り城には居りません。ですが、じきに戻られることでしょう」
 半分嘘である。
 サバランがカシ様の指示通りクォーツフォルン・コーヒーを見つけられれば、という条件つきである。
 元老院長老はため息をついて両手をヒラヒラさせた。
「わかったよ。そういう事にしておいてあげる。来年の大冠祭で、本当にカシ様の御姿を拝見できるなら、ね」
 サバランはそれに答えず、深々と礼をして「失礼します」と扉を閉めた。
 赤い絨毯が敷かれた廊下の中、早鐘を打っている自分の心臓を感じて深呼吸する――。一刻も早く見つけ出さなければ。
 クシャクシャになった接続図を開き、早歩きで廊下を進み、目的の扉の前に立ち、接続する。コンコンと素早くノックし「失礼します」と中に入ると、そこは本やガラス器具や何かのメモがバラバラと積み重なる部屋だった。中央には白衣の男が、床に這いつくばっている。床に散らばる数十枚の紙には、細かい数式が書き記されている。男は、白髪の混じった長髪をふり乱しながらブツブツと何かを呟いている。
 サバランは
「突然のご訪問、失礼いたします」
 と一礼した。
 だが男は床スレスレに顔をつけたまま反応しない。
「お久しぶりです。カシ様の付き人をしておりますサバラン・サラダコーンと申します」
 反応なし。
 サバランは諦めずに続けた。
「たった一人しかいない純血属性の者が、その純血を保ったまま次の世代へ繋ぐには、どうすれば良いと博士はお考えですか?」
 男の動きがピタリと止まった。
 乱れきった髪を直そうともせず、ゆっくりと立ち上がる。顔色はすこぶる悪く、ギョロリと動く三白眼が顔面の不気味さに拍車をかけていた。
 この男は「博士公爵」ことワッフル・ソフトクリーム。
 チェリィ・ソフトクリームの後見人にして、血属研究の第一人者だ。元老院にも所属しているが、公務はシルフスコッチに任せきりで研究に明け暮れている。そして、かつてペッパー領とコーヒー領で交わされた不可侵条約締結のおり、クォーツフォルン・コーヒーを引き取った人物でもある。
「……まだ理論段階で具体的な実験成果などはないが…、」
 博士公爵の視線が、鋭くサバランを射る。
「草属性の女性と契れば、子は草属性ではなく相手方の純血属性で生まれる可能性が高い。属性なしの君とチェリィの子なら、おそらく属性なしの子が生まれてくるだろう。……試したのか? 血を貰おうか。研究が進む」
 不気味に笑い、注射器を取り出すワッフルに、サバランは先ほどとは違う心臓のうねりを感じた。

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