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ホットミル・フランラは、夜会に出席していた。
煌びやかなドレスに身を包んだ貴族たちが、次々とホットミルに声をかける。適当にあしらいながらも、派閥争いに目をこらす。
ここはブラックファスト領。
カシ領の北東にあり、様々な水源から流れる川の終点がこの巨大湖だ。領=巨大湖であり、人々は主に、竹で組まれた水上の家で暮らしている。
だが、この領都・モーニンミルキーだけは、竹で組まれた家、などという甘いものではない。複雑に絡み合い、縦横にどこまでも伸びる無限の迷宮であり、案内があっても迷うことで有名だ。
そして薄暗い迷宮内に掲げられたいくつもの店看板は、鮮やかな色彩のライトで照らされている。
この領を総括して「水の人々」などと巷では言われるが、ブラックファスト領に純血水属性の人間はいない。そのかわり、発明家である領主が、水との二属性から発展した雷の力を機械へ入れ込むことに成功している。この夜会会場でも、天井に光るガラスの工芸品をいくつも置き、それをライトで照らすことにより昼間のような明るい空間を演出していた。
目当ての人間はまだ姿を現さない。
ホットミルは仕方なく、ご婦人を誘いダンスを一曲踊った。
ブラックファスト領特有の、床に置いてつま弾く弦楽器や竹製のフルートなどが異国情緒をかもし出す。
婦人にお辞儀をし、壁に寄りかかりながら、ホットミルは思った。
――私が守りたいのは、こんな所ではない。
百年ほど前。魔法軍の軍隊長であったホットミルはペッパー領とコーヒー領の戦争に参加した。魔法軍はカシ領で発足した物であり、カシ領はどちらにも加担しないというスタンスであったが、ホットミルは我慢ならず魔法軍に辞表を提出し、コーヒー側についたのだ。故郷を守らなければという一心だった。
そして自身が使える最上級の広範囲魔法でペッパー側の軍隊のほとんどを一掃し、心体は十代以下まで戻ってしまい記憶も失った。
上記の事情は、自身が残した日記と家族からの言葉で知った。
その後、不可侵条約が締結され、戦争は一旦収束したかにみえたが、十年後に事件が発生する。
コーヒー領を治めるコーヒー家が、何者かに襲撃されたのだ。
当時不可侵条約でカシ領付きとなり、ボンボンスチューテ城にいたクォーツフォルン・コーヒー以外、全員が――当代当主はもとより、妻子、使用人、コーヒーの名を持つ近しい親類までもが全員惨殺された。当主の室内に残された紋章はペッパー家のものであった。
ホットミルはショックを受けた。記憶を失くすまでに守ったものが、一夜にして消え去ったのだ。ショックのあとにやってきた激しい憎しみは、過去の自分からの贈り物に違いなかった。
領はブラックファスト家が治めることになり、ホットミルは逃げるようにカシ領へと赴いた。元老院に入り、幹部にまで上り詰めたのは、ひとえにクォーツフォルン・コーヒーの存在があったからだ……もし襲撃された時には、自分が盾となり守ろう、とさえ思っていた。
だが、その彼さえも行方不明となり、感情の行き場はどこにもない。
と。
「あぁーっ! フランラだぁ〜!!」
回想をかき消すような大声に、ホットミルは顔をあげた。
ホットミルに抱き着いてきたのは、年端もいかない少女である。彼女はアプリココット・カプチーノ。ブラックファスト家の御目付け役だ。ホットミルは穏やかな笑みを作り、彼女の頭をなでた。
すぐ後ろから、紫の髪をなびかせて青年が歩いてくる。
今夜のお目当て、ブラックファスト家当主ゼリジャム・ブラックファストである。
左目にはめた片眼鏡には鮮やかな飾りがついている。紫に映える金の付け毛がなびき、服は、軍服とはまた違うピッチりとしたワンピース型の染め布であった。
ホットミルは膝を折り、敬服の姿勢をとった。
「今夜はお招きいただきありがとうございます。領主様におかれましては益々の……」
「えぇー、やだなぁやめて下さいよ。堅苦しいですよぉー、立って立って」
青年は自嘲するように自身を指さした。
「僕なんかもーただの発明家ですから。領主様ってガラじゃないですし」
あはは、と笑うゼリジャムだったが、その後ろではブラックファスト領の貴族たちがじっと様子を観察している。
ホットミルは嫌気がさした。
本当は、こんな事をしたいわけではいのだ。ただ、リッツやイレヴィクトが頼りないから……任せたくないからやっているだけなのだ。
アプリココットの頭をなでなでしながら、ゼリジャムに勧められるまま酒をあおる。領主は気ままにダンスをし、食事をつまみ、最後には自分で楽器を弾いて会場を盛り上げた。
ポツポツと帰る人が出始め、会も終わりかと思われる頃、ゼリジャムが
「せっかくのお越しですからー、別室で少しお話しませんか?」
と誘ってきた。
望むところである。
別室のソファに座るとゼリジャムは
「もう少し強いの、あるんですよー。どうです? いけます?」
と言いながら自身の腰巾着から小瓶を取り出した。
断るわけにはいかず、ホットミルがそれを飲み干すと、とたんに体がカッと熱くなり、目の前がくらくらと揺れた。力がうまく入らない。
「――っ。………」
「どうですー? 最近の元老院のこととかー、お聞かせ願えますー?」
「……最近…は…、長老様が……お嬢様を幽閉して…、ヴァーベル計画…の……、再始動を……」
ホットミルは顔に手を当て、頭をふる。
「……っ、私は……何を…。ペッパーが……、私…は、山に行って……」
「いいんですよー? 全部喋っても。あんまり効いてないのかなー。もっと飲みましょう、ね?」
顎を持ち上げられ、小瓶から唇へー…、液体が注がれる。
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ホットミルが目を覚ますと、そこはベッドの上だった。夜会の前に予約していた同会場の貴賓室だと気づき体を起こすと、頭がガンガンと痛んだ。眩暈もひどく、再度ベッドに倒れ込むとようやく収まった。
軍にいた頃鍛え上げられた、先々を読む力は、記憶を失ってからもホットミルの能力を後押ししている。
ゼリジャムにすべてを吐き出すのも、予定された行動の内の一つだ。
やはりリッツやイレヴィクトに任せなくて正解だと言い聞かせ、ホットミルは存分に二度寝した。