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洋介がこちらの世界に帰ってきて最初の日曜日。
佐々倉家のインターホンを鳴らしたのは、いとこの高遠フジムネだった。
今日の服装は東中学校の水色セーラーではなく、フリルがついた白の半そでシャツに、レースのカーディガンを羽織っている。肩につかない程度に、横一文字に切られた髪の毛。前髪はカチューシャであげ、額を出してている。大きな丸眼鏡は遠視のためにかけている。
「……お邪魔します…」
ペコっとお辞儀をしたフジムネは、眼鏡の位置ををカチャリと調整した。
洋介は
「いいっていいって、上がれよ」
とリビングに通し、ソファに座る。加奈子が気をきかせて缶ジュースを三つと袋菓子を持ってきた。
本日の佐々倉家も、相変わらず父母は仕事で不在である。
祖父母も既に他界しており、家はがらんとしていた。
祖父母は二人子供をもうけた。佐々倉大介と四ノ二だ。そして、佐々倉大介は皆川叶と結婚して洋介と加奈子を出産。佐々倉四ノ二は高遠三八木と結婚して家を出た。
「高遠」は、明治中頃から続く有名な食器メーカーだ。代々世襲で社長を受け継いできたものの、会社を継ぐはずの一人息子・三八木は病弱で、事あるごとに桜田総合病院に入院している。子供を作る体力などはないと分かっていながら、それでも看護婦の四ノ二は献身的に尽くし、めでたく結婚までこぎつけた。
そのようないきさつがあり、高遠フジムネは二人の本当の子供ではない。八年前に、行き場のない子供たちを保護する施設から、養子として引き取られてきたのだ。
この辺の事情を洋介は覚えているが、加奈子はすっかり忘れている。当時、加奈子は三才。年齢的に無理もないことだ。わざわざ言う必要はないと、叔母さんからは口止めされている。
「んで、進路の事だっけ?」
缶ジュースを飲み終えた洋介は、ポリポリと菓子を食べながら言った。
「まー俺は野球で選んだだけだからなー…。フジムネは部活やってんだっけ?」
フジムネは大きな丸眼鏡の位置をカチャリと直す。
「……うん…でも…ちょっと違う……勉強のこと…っていうか……友達? っていうか……」
歯切れが悪いフジムネに対して、加奈子が
「いじめ?!!」
と驚く。
「あっ……違う…、いじめー…じゃない…のかな、……たぶん…」
「たぶん??!」
今度は洋介が驚く。
「え……っと、あの、……その…」
フジムネがボソボソと語った内容を、洋介と加奈子は辛抱強く聴いた。
部活の人間関係は特に問題なく、また、進路の希望も桜田南高校にしようと考えている、というフジムネの言葉に対して、洋介は
「お金は気にすんなって。なんてったって世界の「高遠」だしな」
と笑った。
養子であることを負い目に感じることはない、という、遠回しの激励だ。フジムネは「そう…だね……」と笑ったが、すぐに眉をひそめて下を向く。
相談は、生徒会の事なのだという。
桜田東中学校の生徒会長は火影冬河という少年だ。そして高遠フジムネが副会長を務めている。生徒会のメンバーは他に四人。各学年から二人ずつ選出されており、今年の夏までは特に問題もなくやってこれたのだという。
ところが。
夏休み明けに転校生がやってきた。
風切湖太郎と名乗るその少年は、かつての火影冬河の幼馴染だったと言い、生徒会室に入り浸るようになった。皆、火影からはそんな幼馴染の話を一度も聞いたことはなかったし、第一、小学校から中学校へは地域内で持ち上がるだけだ。フジムネはともかく他の生徒会メンバーは知ってて良さそうだったが誰も知らない。火影だけが「懐かしい」と言って親しげに招いたため、全員が黙認することになった。
だが、この少年はやることなすこと滅茶苦茶で、生徒会の運営に支障をきたすようになった。皆で決めたはずの方針や役割は、風切の一言で火影が容易に変更する。突然生徒会室に鍵をかけ、出入りできないよう悪戯する。会費からおやつを買い、そのお金を返そうとしない。生徒会顧問の先生に言っても、なぜかとり合ってもらえない。
文化祭はかろうじて成功させたが、生徒会メンバー達は火影と風切を敵視するようになり、最近の生徒会は始終ギスギスしているという。
そんな中、副会長であるフジムネだけが嫌々ながらもこの二人と関わり続けなければならず、必然的に三人セットで見られるようになった。また、放課後母の病院に行くフジムネに、途中まで二人が着いてくるのだという。
加奈子は率直な感想を言った。
「うわぁ〜ー! やだぁー…」
「いや、でもさ」
と洋介。
「そろそろ生徒会選挙だろ? 解散したら避ければいいし、進学したら来年は別々になるわけだし」
フジムネは下を向いた。
「…その……進路…、南に変えたって聞いて……」
「うげ〜〜!!」
加奈子が叫ぶ。
「ストーカーじゃん!!! やだやだ、ケーサツ呼ぼうよ!!」
立ち上がる加奈子を洋介が取り押さえ、ソファに落ち着かせた。
洋介自身は、進学や養子の件ではないことにホッとしつつも、加奈子がストーカーだと息巻いているのが気にかかる。相談しに来るということは、フジムネの中では既に重大な案件に発展しているのだ。そして、両親には頼れないと思っている――高遠三八木は先月からまた入院している。
「よし、」
と洋介は声をあげた。
「とりあえずそいつらを見てみるか」
「……見てみる…?」
「あぁ。どこにでも着いてくるんだったよな? 放課後、一回商店街まで出てくれればさ、どんな感じか見れるだろ。俺がイトコって事は、向こうは知らないわけだし。顔がわかれば、何かあった時に証言できるしな」
フジムネの表情が和らいだ。
「…うん。ありがと……洋介にぃ…」
「加奈子もやるー!! 刑事ごっこだ! アンパン買うー!!」
「お前は来るな! つうか買うな!!」
洋介と加奈子のやりとりに、フジムネは目じりをさげて笑った。