≪ウィッチーズ・マスター≫

Ⅳ-3 エンコーダと純血の謎

 イレヴィクト・ポッキーニは、視察という名目でクリーム領を訪れていた。
 懐かしい故郷はずいぶんと様変わりしており、特に蒸気機関車というものには度肝をぬかれた。
 エンコーダは自分たちよりも「時間」がない。そのため、限りある短い時間でどれだけ効率的に移動できるか考えた結果なのだろう……と、考えつつも、大きな音をたてて煙を巻き上げる様は、ある種の恐怖であった。列車に乗り込んだあとも、馬車とはまた違う揺れや、ゴトンゴトンという振動に、イレヴィクトは眉をひそめつづけた。
 クリーム領都にあるカムウィンドール・クリームの邸宅を尋ねると、先触れを出していたこともあり既にアフタヌーンティーの準備がされていた。さしさわりのない話で和やかに過ごしたあと、ディナーの誘いにも乗り、今は領主の執務室で、ソファに座りながらシェフ渾身の晩餐を待っている所だ。
 十分打ち解けたと考え、ヴァーベル計画再始動の話をはじめたイレヴィクトだったが、クリーム領の領主は手のひらで軽く制した。
「今はこちらも忙しいのでね。それに、私は困ってはいないのだよ。クリーム領では、10才までにハルペ語を習得する事を義務としているし、作物もカシ領に一旦納品すれば、他の領の単位へ変換してくれるだろう」
「ハルペ語を話していると思い込んでいるだけでは?」
 イレヴィクトは切り込む。
「草属性魔法は言語すら超越します。思っている事さえ明確なら、どのような言葉を発しても通じるのです。例えばパンを強く思い浮かべ、パンと発するかわりに石鹸と口にしても、相手にはパンと通じるのです」
 カムウィンドールは肩をすくめた。
「いくら言語を理解したところで、それはただ文化の表面をなぞったに過ぎない、と、私は思うがね。文化そのものを受け入れて仲良くするのは無理だよ。私の領民が、他の領に嫁に行き、エンコーダだという理由だけで奴隷落ちした事件はいつの話だったかな」
 イレヴィクトはちいさく「先週です」と答えた。
 文化という大きなくくりで言われるとキツイ。
 その意識の差は埋まらない。そして、仮にその差が埋まっても今度は女だの障害者だの傷物だのという、別の差別が始まるのだ――自分のように。
 そう思うと、何も言い返せなかった。
「それにね、」
 とカムウィンドールは続ける。
「さっきも言ったが忙しい。領の行方不明者が人間界で見つかったのでね。広範囲捜索に本腰を入れることにしたのだよ。数十年行方不明だった魔法使いについても新情報が入ってきてね……嬉しいことだよ。クリーム領には、純血はおろか単一属性者さえ百人を切るからね」
 黙っているイレヴィクトに対して、カムウィンドールは「悪いね」と唇の端をにわかに上げた。
 イレヴィクトの眉間にシワが寄る。
「ずいぶんと勿体ぶるのですね。誰です? その行方不明者は。ヴァーベル計画よりも大事な人物ですか? ……私にはお教えくださらない、と?」
「そんなことはない。ただ、まだ確定ではないのでね」
「誰なんです? 私もこのままでは、手土産なしで帰ることになります。決して外部に漏らさないと誓いましょう」
 カムウィンドールは窓の外を見る。鳥が一声、鳴いた。
「純血風属性、千里の魔法使いナッツ・レモンライム。故・第二妃の母親にして「お嬢様」の祖母にあたる人物だよ」
「―――ッ、えっ? ちょ、ちょっと待ってください!?」
 思わず素で立ち上がってしまったイレヴィクトは、体裁を取り繕いながらも、
「おかしくないですか??!」
 取り繕えなかった。
「第二妃はエンコーダですよね? それは間違いないはずですよね?? 純血の子供がエンコーダなんて……いや、それ以前に、ナッツ・レモンライムもエンコーダだったと歴史書には…死亡したとも……明記されていたはず。どういう事ですか!?」
「実は純血なんだよ」
「!?!?」
「オフレコで頼むよ」
 カムウィンドール・クリームは、人差し指を唇につけて「しーっ」と笑った。
 拳を握ったイレヴィクトは
「………わかりました」
 と絞り出した。
「しかし納得いきません。なぜ第二妃がエンコーダだったのか、なぜ純血であることを隠していたのか……隠していたのですか?」
「いや? 皆知っていたよ。あの頃は……」
 近々180才になる領主は目を細めた。
 昨日のことのように思い出される。
 100才くらいの時は、魔法で広く飛び、自分の領を知ることを主題としていたカムウィンドールである。当然レイコルドー辺境伯の三女が家出したことも知っていた。
 彼女は貴族でありながら、他領のエンコーダ奴隷と恋に落ち、二人で駆け落ちしたのである。だがエンコーダは長くは生きられない。医療が整っていない当時はなおさらだった。彼女の夫はすぐに死んだ。おそらく長年の奴隷生活で体が弱っていたのだろう。
 その後妊娠がわかった彼女は、クリーム領都のはずれにある田舎町で出産した。のちの第二妃アンリ・レモンライムを。
 辺境伯は孫と一緒に家に戻ってくれと説得したが、ナッツはそれを拒み、一人でアンリを育てあげる決意をする。遠くの出来事を何でも知っているという特技で生計をたて、時には界外をまわり新しい技術を持ち帰った――。それが魔法であることは町の全員が知っており、暗黙の了解で「特技」という事にしておいていただけの話である。
「レイコルドーは嘆いていたよ。孫が第二妃になり、今度こそ家に戻ってきてほしいと従者に言付けを頼んだが、家はもぬけの殻だったそうだ。まぁ、これもオフレコで頼むよ。ゴシップはね……、もみ消すに限る」
 ニコニコと笑いつつも、目は鋭利な光を放つ領主。イレヴィクトは圧倒されつつ、負けてはいけないとにらみ返す。
「………いえ。ここまで聞いたら、もみ消すわけにはいきません」
「ほう。ではどうするのかね?」
「えっ? えっと、まずはフランラ氏に報告して……ついでにブリュッセルにも…ん?? 言ったところで第二妃がエンコーダだという事は変わりありませんよね? 純血の血が繋がるのはいいことだし……あれ?」
「ははははは!!」
 カムウィンドールは声をあげて笑い、立ち上がった。
「――さぁ、ディナーの準備ができたようだよ」
 釈然としないイレヴィクトの背中を押し、領主は食堂へ向かった。

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