≪ウィッチーズ・マスター≫

W−2 事務局長・兼・カシ様の付き人

 カスタードがボンボンスチューテ城に戻ると、事務局にはサバラン・サラダコーンが詰めていた。書類を棚に放り込みながら「お帰り」と言い、抹茶色のスーツの裾をパンパンと払う。
「報告を聞く前に、……どっちなのかな」
 サバランの言葉に、彼女の顔がぐにゃりと歪む。
「俺様の話を聞きたければなァ、熱々の紅茶にシュークリームが鉄則だろぉがよォ、サバラン」
「ネットの方かな?」
「〜〜ッ! おいゴルァ、その「方」って言うのやめろや!」
 サバランは無視してお茶の準備を始めた。
 カスタネット・カスタードは二重人格者で、表面は物静かで命令通りにしか動かないカスタ・カスタード。裏面は乱暴者だが頭がキレるネット・カスタードで構成されている。
 サバランが用意した紅茶を、ネットは美味しそうに啜った。
 ペッパー家の次期当主が「お嬢様」と同程度の見た目を持つ少女だと聞いてサバランは驚いた。ペッパーに近い存在で唯一面識がある青年の名前と特徴を出すと、ネットは「最後で死んだ」と一言で終えた。
 会場で生きている人間が、現当主・次期当主・ネットの三人だけになった時、水晶玉が光りクルミン・スパイシアの映像が投影されたという。
 まだ当主の交代まで時間があるため、当分の間、ソルトローチ・ペッパーを自分の館に招き、魔法の訓練や当主への心構えを学ばせたいという。
 少女は、もはやこの地では伝説となっている始まりの魔女の姿にいたく感激し、涙を流したという。
 しかし、ネットはカスタを通してみたその光景が、どうもきな臭いと感じたのだという。
 少女の火属性魔法は、訓練など必要ないほど洗練されており、また所作もしっかり教育を受けた者のそれだった。わざわざ館に招く意味とは?
「ババアはヤベぇぞ。旧コーヒー領が諦めきれねェらしいな」
「……それは、本人から聞いたのですか」
「んにゃ、俺様のカン」
 シュークリームを頬張るネットを眺めつつも、サバランの心はざわついていた。先日、急にお茶の誘いをしてきたリッツ・ブリュッセルが、サバランに同じことを仄めかしたからだった。



 深夜になり、事務局も閉まり、城からほとんどの人間が退勤したころ。
 サバラン・サラダコーンは北面にある自室の扉の前にいた。
 廊下に誰もいないことを確認し、低く
「ワーユグド・パレ・ラシルド」
 と呟く。
 サッと扉を開けて入り、後ろ手に鍵を閉める。慣れた手つきで火を灯すと、眼前に、薄暗い寝室が浮かび上がった
 サバランの空間魔法でしか行き来することができない、カシ様の寝室である。
 しかしそこに、カシ様はいない。
 床やベッドには埃が積もりきり、数十年にわたる主人の不在を思わせた。
 唯一あるのは、床に記された複数の靴跡。そのすべてが、過去のサバランのもに違いなかった。靴跡通りに歩を進めると、書棚につき当たる。上段は空になっており、中段は途中から紙束がたおれ、そこから下段まではギッシリと紙が詰まっていた。
 サバランは、中段に倒れている紙束をごそっと抜き取ると確認しはじめた。変色したインクの筆跡は、まごうことなきカシ様のもの。
 この書棚の紙には、これから起こるであろう未来の出来事が記されている。草属性・時間の魔法使いとして第二覚醒が終わったのち、カシ様は毎晩数時間ずつ魔法を使い、未来の出来事を記し続けたのだ――人前に出れなくなる姿になるまで。
 元々カシ様自身が、数年に一度しか姿を見せないと決めていたため、誰もこの異変に気づいていない。その数年に一度のカシ様も、以前の彼によく似た影武者だ。サバランが運ぶカシ様の手紙はすべて、この書棚から抜き取った本人筆跡のもののため、事実は巧妙に隠されていた。
「!」
 サバランは目をみはる。
 紙にはこう書かれていた。
【数十名におよぶ血族の屍のうえに、新しい領主が立つ。金の髪の少女は始まりの女と交わり、思想の変換を終えた三度目の冬の訪れとともに、領民は立ち上がる。新天地を求め、戦いの幕が切って落とされる。】
 カシ様は、三年後の戦争を示唆していた。
 さらに紙をめくる。
【竜の預言者、始まりの男、幽閉されたカオスの魔法使いは、昼の月が白く浮かぶ季節、一筋の光をみる。光は千里をかけぬけ、純粋な水と邂逅し、種を発芽させる。】
 サバランは考察を続ける。
 白く浮かぶ季節は先月から今月にかけて。竜の預言者はカムウィンドール・クリーム。始まりの男はデリーシャフレア・シチュー。カオスの魔法使いはチェリィ・ソフトクリームのことだ。自分の娘に対して明確な名前を記していないのは、この未来を書いた時のカシ様が、まだ最初の妻を娶ってすらいなかったからだ。
 だが、一筋の光とは……?
 サバランは頭を悩ませた。
 最後の一文は解釈できる。純粋な水とは、つまり、コーヒー家最後の生き残りであり、現在行方不明となっている純血水属性、気留の魔法使いクォーツフォルン・コーヒーに違いない。種は、おそらくはヒスイの種だろう……。サバランが考えながら紙をめくると、封筒が数枚出てきた。
 紙質が劣化し、変色しているため、サバランはこれまでも、毎回中身を精査した後、新しい封筒に入れて方々へ運んでいる。
 最初の封筒の表面には「緑の影へ」と書かれていた。ハッキリとしたサバラン宛ての手紙だが、カシ様がこれを書いた頃、まだサバランは生まれてすらいない。
【次の一通はカオスの魔法使いへ。もう一通は、純粋な水を持つ者へ。少年は異界へ渡り、その傍には私が見える。しかし私は私ではない。私は深く眠っている。光と種が私を呼び覚ます時、私は君の力を必要とするだろう。君は聡い、きっとうまくやれる。】
 チェリィ宛の手紙を開ける。
【安心して眠りなさい。】
 という一言だけが書かれている。
 次の封用を開ける。
【ここまでの君の選択は正しかった。しかし感傷に負けてはいけない。君が今戻っても、戦争は避けられない。純血を絶やしてはならない。】
 その次の封筒も開け、薄暗い部屋で独り、目を細めて思案し続ける。

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