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ペッパー領は、その八割が険しい山岳地帯となっている。
平均気温は年間通して低く、尾根は万年雪に覆われている。
山の中腹から裾野にかけて徐々に積雪は減少し、平野部ではたまに雪が降る程度だが、寒冷地であることに変わりない。
始まりの魔女ことクルミン・スパイシアが山の主であるギャドロヴォを殺して以降、山の動物たちも凶暴性をひそめ、生活自体はしやすくなったと言われているが、まだまだ余所者を寄せ付けず、連綿といにしえの生活と火の血を保っている。
男たちはダモンと呼ばれる毛の長いトナカイとともに狩りをし、夜は室内でカードゲームに興じ、休日は山でスキーを楽しむ。女たちは屋内にて香辛料を栽培し、時間が空くたびに数人で集まり編み物をしながらお喋りするといった生活だ。
建物も、始まりの魔女が生まれる前の黎明時代と一つも変わらない。
石造りの外壁に、内部は木の壁を組み入れ、温かなゼジェグの毛皮で編まれた敷物を四方に張る。中央にしつらえた暖炉の火が弱まれば、火属性魔法で火力を高める。
ペッパー領の人々は大人から子供まで、全員が何らかの火属性魔法を扱える。
稀に、火属性魔法がない子供やエンコーダが生まれることもある。その際には背中に焼き印を押し、五歳の誕生日にエルデ神山の門へ捨て置くという風習がある。
うまく裾野まで帰還出来たら、その子供は再度ペッパー領の奴隷民として皆に受け入れられる。もちろん、帰還できなければ野生のダモンやゼジェグの餌となるのだ。
雀の額ほどの平野部にある領都・エクスガリーブルは、領都という名にはほど遠い小さな田舎の町である。滅多に来ない観光客用に、宿が一つだけ用意されているほかは、商店がひとつ、酒場がふたつ、レストランがひとつ、といった具合だ。
だが、この領都に住む人々全てがペッパー家の血縁者で構成されている。
現当主ハハバハーネロ・ペッパーは、今でこそ白髪の老人だが、若い頃は浮名を流しに流しまくった超絶美青年であった。現在領都に住む熟女たちは、若い頃に一度はハハバハーネロに抱かれたといっていいだろう。ハハバハーネロは第23妃までかかえているが、その他に愛妾や一夜限りの関係など数えきれないほどの女と関係を持った。
その結果、血縁者がみるみるうちにふくれあがり――、今、ある問題が発生している。
ペッパー家の次期当主を誰にするか、という問題だ。
先代の当主(つまりハハバハーネロの父親)は、当時十人の息子たちに殺し合いをさせ、次期当主は生き残った一人であるという宣言をした。だが、女たちの家を転々とし遊び歩いていたハハバハーネロはその悪魔のようなお触れを知らず、兄や弟たちが全員殺し合って死んだ後、たまたま家に戻り次期当主となったのである。
しかし。
今回は十人どころの話ではない。
血縁者だけで数千人もいるのだ。
結局、クルミン・スパイシアに相談の上、屋敷の広間に五十人の人間が集められた。条件は次のとおりである。
1 成人していないこと
2 区切りが二文字の広範囲火属性魔法が使えること
3 男女は問わない
4 ペッパー領の次期当主として人の上に立つ覚悟があること
ハハバハーネロ・ペッパーが石造りの大広間に入ると、全員が一斉に敬服の姿勢をとった。
上座にしつらえた椅子に現当主が腰掛けると、次に出入り口に赤髪の女性が現れた。彼女は布に包まれた水晶玉を両手で持ち、ゆっくりハハバハーネロの元へ歩くと、軽く一礼して当主候補たちに声をかけた。
「皆さま、お初にお目にかかります。私はカシ領付き、ボンボンスチューテ城事務局・副局長のカスタ・カスタードと申します。このたびは当主選出の公平性を期すため、ペッパー家お目付け役クルミン・スパイシア様より要請を受け参上いたしました。なお、私は火・土属性で、現当主の遠い親戚でもあります」
カスタが水晶玉を掲げると、中が光りクルミン・スパイシアの声が響く。
『――おォーやだやだ。こ〜んなクソジジイの後釜を決める戦いなんて、アタシは見たくないねェ。何でもイイから残った一人がウチまで来ればいいさね。じゃ〜ァ、せいぜい頑張りな』
音もなく通信は途切れた。
ハハバハーネロがゆっくりと手を挙げ、ボソリと「始めなさい」と言ったとき、五十人の参加者のうちある者は茫然とし、ある者は戸惑った。ある者はせわしなく辺りを見回し、またある者は一歩後ずさりをした。そして――、ある者が断末魔の悲鳴をあげた。それが始まりで、あとは阿鼻叫喚の地獄と化した。
逃げ惑うもの、切り刻むもの、様々である。
候補者たちが次々と死んでいくなか、つまらなそうに見ていたハハバハーネロは一人の少女を見つける。
エメラルドグリーンの瞳、肩まである金色の髪をなびかせ、紫のドレスに身を包んでいる。まるでダンスのステップを踏むかのように、軽やかに血しぶきの間を移動している。少女は振り返りざまに、細く短い炎の刃を放ち候補者を殺した。
なんの躊躇いもない鮮やかな一手に、ハハバハーネロは椅子から身を乗り出す。
つられてカスタードがその少女を見ると、彼女は複数人の男を相手取り、十分に引き付けてから炎の鞭で首を薙ぎ払ったところだった。
半日はかかるかと思われた殺し合いだったが、逃げ場のない閉鎖された空間での戦いは早く終わり、ついに残った候補者は、例の少女と背が高い青年の二人だけとなった。
ここでカスタードが声をかける。
最後は防御魔法の使用を一切禁止するとともに、クルミン・スパイシアはペッパー家を象徴する炎の剣での一騎打ちを所望している、と。
二人は、魔法攻撃に使われる白い棒をカスタードから受け取った。
炎を纏わせて剣の形にする。
お互いがにらみ合い、一瞬の間。
二人の剣と体が交差する。
そして、青年が膝をつき、倒れ、動かなくなった。
少女は勝った。
最後の一人を難なく殺したのだ。
「……名は、」
ハハバハーネロ・ペッパーが口をひらくと、少女は返り血がついた顔でニッコリと微笑んだ。
両手でドレスの裾をつかみ、ついと広げてお辞儀をする。
「ソルトローチ・ペッパーと申します。東の鷲、ナスタチウムの子です」