![]() ![]() |
![]() ![]() |
前払いとして手裏剣を折り続けている洋介を眺めながら、優雅にお茶を嗜んでいるデリーシャフレア・シチュー。甲斐甲斐しく給仕するグリロール・ポトフェルが、領主の代弁としてこの城のシステムを語った。
曰く、この城の扉と部屋は空間がズレている。
城の事務局長、幽月の魔法使いサバラン・サラダコーンの手により、扉の向こうの空間はランダムに接続されて毎月換わる。各部屋に窓がないのは、実際の部屋の位置を確認できないようするためだ。
つまり、「西の地下に幽閉されている」というのは、入り口の扉が西面の地下にあるというだけの話で、実際の部屋は地下にはない。おそらくは三階のどこかの部屋へ繋がっているだろうとグリロールは言った。
部屋の正確な位置がわからない以上、外側からアクセスすることは不可能。地下は逃げ場がなく、退出した時を考えると正面突破は得策ではない。食事を運ぶメイドに紛れるとしても、おそらく元老院長老の息がかかったメイド達だろうから難しい、とも。
「……無理じゃん…」
洋介がそう呟くと、シチュー領の領主は笑いながら器を盆に乗せた。
「まぁもう少し待て。……元老院などというシステムは、我は好かぬのでな。意趣返しもまた一興よ……おぉ! できたか」
洋介が折り紙の手裏剣をバラっと手渡すと、領主は嬉しそうに一つずつかざして眺めた。
と、ノックの音。
グリロール・ポトフェルが、その人物を室内に招く。大きな布製のカートを押しながら入ってきたのは、素っ気ないシャツを着た少年であった。カートの中には小分けの白い布袋がいくつも入っている。
グリロールはコホンと咳をし、洋介に紹介した。
「この者は城付きの衣装係アッサムティフ・ミルフィーユ。我らが主の上衣を選定し持ってきたのだ。特にこの者は侯爵位以上の階級専門で、博士公爵のほか王族の衣装なども――、」
そこまで喋り、着物の男はハッと主を見る。
「グリィ、」
デリーシャフレア・シチューは、花開くように妖艶に笑った。
「さぁ、我の上衣とひきかえに、ヨースケをカートに乗せてやれ」
![]() ![]() |
![]() |
チェリィ・ソフトクリームは、ベッドの上で体育座りをしていた。
簡素な室内には独りきり。運ばれてきた豪勢な食事は、減りもせずに冷めきっている。
頭では、これが一番いい行動だと分かっている。その証拠に、喫茶店に届いた手紙の内容は、何ひとつ起こらなかったのだから。これからも、季節に一度議会に出席して、魔法の効果を更新するだけでいい。城の外には出れないが、いつもの部屋で、いつも通りの日常を過ごすだけでいい。ちょっとした家出だと、周囲は笑って許してくれた――、ハズだった。
「……クロッキ…、」
黒猫は、呼んでも来ない。
洋介の事は信用していたものの、ヒスイの種が洋介の手を離れて誰かに渡った時を考え、向こうに残ってもらったのだから。
「…ヨウスケ……」
呼んでも会えない。
そんな事はわかっている。
チェリィの瞳に、じわっと涙が浮かんだ。
――コンコン。
ノックの音。チェリィはごしごしと涙をぬぐって立ち上がった。いつもの自室なら、室内に待機しているメイドが扉を開けるが、元老院長老の指示で人の出入りを極端に制限している。
「失礼いたします。アッサムです。お着替えをお持ちいたしました」
甲高い少年の声。
チェリィは戸口のノッカーを三回叩いて入室可能だと知らせ、数歩下がる。扉が開き、布製の大きなカートを引いて、アッサムティフ・ミルフィーユが入室した。ぺこりと一礼。扉を閉めるとカートの中から布袋を取り出し、黒いドレスやコルセット、パニエなどを手際よくクローゼットに収めていく。
ベッドに腰かけて、これもいつも通りの光景だとぼんやり眺めていたチェリィだったが、収納し終えたアッサムが
「あの、」
と声を発したため、チェリィは心底驚いた。
この少年が出入りの挨拶以外で声を出すなど、今までなかったことだ。
「……なに?」
「デリーシャフレア・シチュー侯爵より、お荷物を預かってきました。この荷物は一分後に戻すよう言い付けられています。お開けいたしますか?」
チェリィの中にパッと濃い黒髪が思い浮かぶ。
何度か喋ったことはあるが、挨拶だけで深い話などは一切ない。父であるカシ様とは親しい間柄のようだが、チェリィ自身は、何かをプレゼントされるような関係になった覚えはない。しかも、一分後に戻す……? 意味がわからない。
目を閉じて「う〜ん」と逡巡するチェリィにまた
「あの、」
と声がかかった。
パッとチェリィが顔をあげると、カートの中に、先ほどまでなかったものが見える――誰かが立っていたのだ。
数秒ののち、誰なのか気づく。
「あの、このお荷物は一分後に戻すように言いつけられています。一分計ります」
「………」
「………」
二人は。
チェリィ・ソフトクリームと佐々倉洋介は、無言でお互いを見つめていた。何かを喋ろうと二人で口を動かすが、言葉がひとつも出てこない。
もどかしそうに、泣くような笑顔をみせるチェリィに応えようと、洋介は服の上からペンダントを握ってみせた。それが託したヒスイの種だと気づいたチェリィは、両手を胸にあててゆっくり頷く。
「………」
「………」
先ほどとは違う、柔らかな空気が二人の間に満ちた。
「――あの、一分たちました。失礼いたします」
アッサムティフ・ミルフィーユの声に、洋介はあわててカートに隠れる。と、もう一度顔を出して、小さくバイバイと手を振った。チェリィも小さく手を振る。
衣装係はぺこりと一礼して、静かに部屋から退出した。
カートに密かな荷物を載せて。