![]() ![]() |
![]() |
洋介はゼルフラッペ子爵家に宿泊しつつ、双子と共にクリーム領の観光地をめぐった。
特に観光地ではなくても、麦畑がどこまでも広がる平野や河川に並ぶ水車・石造りの作業小屋すら新鮮で、洋介はこの数日間「おおー!」「スゲー!」ばかり言っている。
最終的には双子が先回りして
「洋介さん、ここは本当にスゲー絶景ですよ!」
「ヨースケさんは見たらおおーって言いますよ!」
などと言う始末。
両親は常に仕事で忙しく、長期間旅行自体が二度目(一度目は修学旅行)の洋介は、加奈子もつれて来れたら……と何度も思った。
そんな滞在期間もあっという間に過ぎ、そろそろ白米が恋しくなってきたころ、洋介はパン祭り第一号のパンを買った駅まで来ていた。
双子はしきりに心配したが、ここから先は行きと同じ事を逆再生するだけだと洋介は説得した。馬車でカシ領まで行き、城までの大きな一本道を歩き、南面の正面から入城し、左に曲がって窓口に用紙を出す。もし何か間違ったとしても、係員に正直に言うだけだ。係員で対応できなければ、サワーク・フォカリアまで連絡がいく。
レモンは洋介に頭をさげた。
「兄さんのこと、よろしくお願いします」
それを見たピーチもあわてて頭をさげる。
「お願いします!」
「おう、」
「――カシ領行きの馬車でお待ちの方ー、そろそろ出発しまーす!」
洋介を含め数人が乗り込むと、馬車がゆっくりと走り出した。
レモンは再度頭をさげ、ピーチは手を振っている。洋介も手を振って応え、二人の姿が見えなくなると、お土産に持たされた硬いケーキパンの端をむしった。甘く煮たレーズンや干し果物が入っている。
ここから先、カシ領までは馬車専用道路で約四時間。
昼寝をすればあっという間だろうと、洋介は寝ころんだ。
![]() ![]() |
![]() |
カシ領に着くと、洋介は荷物を持って大通りをぶらぶら歩いた。
ほとんどが平屋建てだったピノークリッシュとは違い、三階建てや四階建てといった高い建築物が並ぶ。一階部分が店舗として機能しているが、人が入っているかというとそうでもない。桜田駅にある平日の商店街とさして変わらない程度のパラパラとした人波である。
加奈子に工芸品でも買っていこうかと、目についた店に入ったとき、洋介は違和感に気づく――財布が見つからないのだ。
「マジか……」
ごそごそと野球用の四角いバッグを漁る。
が、ない。
換金のときズボンのポケットにねじこんでおいた九千円は見つかったが、換金してもらったクリーム領通貨は財布ごとなくなっていた。幸い、保険証やスポーツ用品店のポイントカードは家に置いてきたため、痛手といったら、財布本体と日本円にして百円程度残っていた通貨だけだが……。
「あー…」
洋介はわりとショックを受けていた。やはり馬車の中でぐっすり寝たのがマズかったのだろうと考える。盗まれたのだ。
幸いにして、ゼルフラッペ子爵のサインが入った渡航申請用紙は無事だったため、洋介は真っすぐ城に向かうことにした。
が、ここでも足止めをくらう。
「申し訳ございませんが、これでは受理できません」
渡航者の欄に自身の名前を日本語で書いたのがマズかったらしい。
「失礼ですが、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」
「っと、佐々倉……、ヨウスケ・ササクラです」
「少々お待ちください」
数十分待たされた後、係員が洋介のもとに二つの板を持ってきた。少し重みのあるプラスチック、といった風の細長い板は、緑色と黄色に塗られている。
「こちらの緑色の方は渡航に関する証明です。用紙をご準備いただかなくても、既にクリーム領の方で手続きは終了していたようです。あちらで警備員に渡していただけると、そのまま渡航用通路に入れます。そして、」
係員は黄色の板を示した。
「こちらの黄色は面会予約です。東面二階にお進みください」
「面会?」
洋介の脳裏にチェリィの顔が横切った。
まさか、と胸が浮き立つ。
「グリロール・ポトフェル様より面会申請が出ております」
「――誰だよ!?!?!」
思わず大声。
係員は不審そうに「ですから、グリロール・ポトフェル様です」と繰り返した。
とにかく日本にはちゃんと戻れるようでホッとした洋介は、右側の奥にある階段を使って二階に着いた。一面に赤い絨毯が敷き詰められた廊下を、高い天井のシャンデリアが照らす。白い柱が続く壁の片側には窓、反対側には等間隔に並んだドアが、ずっと続いている。数えて10番目の部屋ですと言われたため、洋介は数えながら歩いていたが、すこし先のドアが開いて誰かが出てきた。
洋介は、ちらっと見てからギョッと二度見する。
ざくざくと切られた黒のおかっぱ頭に着物を着た男が歩いてきたのだ。
しかも、萌黄の単衣着物の襟を合わせておらず、ぺろんと薄い胸板が見えている。その着方と、日本人離れした赤い目、目の下に掘られた涙のようなオレンジの入れ墨で、あれは日本人ではないだろうと洋介は判断した。
「貴殿がヨースケ・ササクラか」
「は、まぁ、そうですけど」
「こっちへ来い」
その男が、出てきたドアをもう一度開けて中に消えたため、洋介も続いて部屋に入る。奥には極彩色の布がいくつも垂れ下がっており、熱帯植物や象の置物などが飾られていた。中央の煌びやかな黄金の飾りで彩られたベッドに男が一人、体を横して寝ころんでいる――。
彫りの深い顔立ち、太い眉、長い黒髪の隙間から引き締まった筋肉が見える。下半身はゆったりとしたシルクのサルエルで、足首につけられた金の飾りがシャランと鳴った。
男は起き上がろうとはせず、かわりに「アフラン、ヨースケ・ササクラ」と言い口角をゆっくり上に持ち上げた。
「我が名はデリーシャフレア・シチュー。シチュー領の初代領主にして未だ現役の老骨よ。遠慮はいらぬ、さぁ、もっと近う寄れ」
……ぜってー近寄りたくねぇな…、と洋介は思った。