≪ウィッチーズ・マスター≫

V−6 元老院三賢者会合

 鮮やかな色彩のアロハシャツをダボっと着こなしたリッツ・ブリュッセルは、城の事務局を通じて借りておいた西面の一室に向かっていた。
 扉を開けると、ちいさな円形テーブルを囲むように三つの一人掛け用ソファが置いてあり、二人の人物がそれぞれ座っている。
 一人はイレヴィクト・ポッキーニ。ブルーの瞳と、顔半分を覆いつくす火傷痕が特徴だ。元老院幹部の中では唯一の女性であり、女性でも「傷もの」でも、このように活躍できるといったアピールのためだと一部で噂されている。
 もう一人はホットミル・フランラ。こちらは男性だが、緑の髪は城内でも一番長く、ひざ下まである。切れ長の左目にはふたつのホクロ。涼やかな顔立ちは、上流階級のご婦人方に絶大な人気を誇っている。
 リッツ・ブリュッセルを含めて、この三人は元老院の中でも特に三賢者と称される、世界全体の運営に寄与する幹部たちだ。
「……何の用?」
 最初に口を開いたのはイレヴィクト・ポッキーニ。不機嫌そうに眉間にシワを寄せている。
 リッツは本題には入らず馴れ馴れしくソファの背から彼女の肩に顔を近づけた。
「ポーちゃん今日もきゃっわいぃ〜ね! ん〜っ、いい匂い♪ フィリップマカロンの香りでしょ〜コレ」
「……キモ…」
 先ほどとは違う形のシワが眉間に寄った。
 次に口を開いたのはホットミル・フランラ。
「貴方から呼び出すとは、珍しいですね。人様の時間を考えず勝手に部屋に訪問するのが貴方のスタイルだとばかり……」
 遠回しの批判である。これにリッツは答えず、
「チェリィちゃんが幽閉されたハナシは、もう知ってる?」
 逆に質問した。
「えぇ。長老の話によると、お嬢様は外の世界のひどさに少々気がふれてしまったとか……当然の処置でしょう」
「へーっ、お前それ本気で信じてんの?? ばっかじゃねーの」
 ドカッとソファに座ったリッツに、イレヴィクトはますます眉をひそめた。
「フランラ氏を愚弄するな。長老様の判断は間違っていない。全属性の上位に位置する属性ありの魔法使いだぞ。仮に間違っていたとして、我々二属性の者などが口をはさめる案件じゃない」
「うわぁ〜でたーっ!! 血属至上主義! ってか、俺は土属性だけど?」
「単一属性表出は純血とは言わない」
 土属性のみの父母から生まれた子は純血の土属性となるが、リッツの父親は土属性で母親は土・風属性である。この場合、ABO血液型のように、生まれる子供は「土属性」「風属性」「土・風属性」の可能性があり、リッツは土属性の単一属性が表出した。
 また、元老院長老ローレルカンバキュ・バジリカレールは、火属性からの第二覚醒が起こり、四属性上位魔法が使役できる「属性あり」の魔法使いとなった。そして更に、四属性にはない響動の魔法が使える。この事により元老院長老になったといっても過言ではなかった。
「あのさぁポーちゃん。その理論でいくとチェリィちゃんは最初から全属性の上位……属性ありの更に上にあたる草属性なワケで、チェリィちゃんの意思こそが最も通されるべきだと俺は思うけど?」
 ――彼女は外に出たがってるんだ。自由を欲してるんだよ。
 リッツの言外の表情に、ホットミル・フランラが声をあげた。
「私は反対です」
 自らの長い髪の毛をくるくると手に巻き取る。
「混沌時代に戻ったかのようなこの数年、ペッパー家が不穏な動きを見せていたのは貴方も気づいていたはずです。お嬢様が戻り、あの晩カオスが解消されてから、目に見えてなりをひそめている……。ヴァーベル計画なんてモノも、どこへいってしまったのか知れません。お嬢様は純血草属性に値しますから、何もなければ千年は生きるでしょう」
「……その間、ずっと部屋に引きこもってろって言うのかよ」
「仕方ありません」
 ――ガンッ!
 リッツ・ブリュッセルはテーブルを蹴り上げた。
 びくりと肩をふるわせたイレヴィクト・ポッキーが、小声で
「…野蛮……」
 と呟いた。
「聞こえてんぞポーちゃん。あのね、俺怒ってんの。本当は俺らがなんとかしなきゃいけない事だろ、これは。ちっちゃい女の子一人に背負わせておいてニコニコお茶飲んでられる長老クンなんかさ、俺、もう大ッ嫌いだよ。さすがはペッパー領の人身御供……」
「貴様!!」
 立ち上がったイレヴィクトをホットミル・フランラが制した。
「言いすぎですよブリュッセル」
「ほーん、じゃあお前がなんとかしてくれんのかよフランランラン」
 それを受けてホットミルは、顎に手をあてて思案しはじめた。沈黙の間にリッツも頭が冷え、ソファに座りなおす。イレヴィクト・ポッキーニも座り、手のひらで火傷痕をおさえて軽く呼吸を繰り返した。
 ホットミルが軽く咳払いしたのを合図に、二人が視線を向ける。
「……まず、ペッパー家のお目付け役であるクルミン・スパイシアにコンタクトを取りましょう。不可侵条約を覆そうとしている可能性があります。ブラックファスト家のお目付け役については心配いりません」
「お前にベタ惚れだもんな♪」
 リッツが茶々を入れる。
「それから、ヴァーベル計画のどこに無理があったのかを見直します。ただ、やはりエンコーダへの差別が根底にあるのではと私は思うので、もし再度計画を起こすならまずは小規模に。クリーム領にモデルケースとして動いてもらうのがいいでしょう」
「それなら」
 イレヴィクト・ポッキーニが手を挙げる。
「わたしの母方はカムウィンドール・クリームに縁がある。視察か帰省か、それなりに理由をつければ面会が可能だ」
 二人の言葉に納得したリッツは立ち上がり、ホットミル・フランラの肩をポンポンと叩くと
「ババアは曲者だぜぇ〜? まっ、期待してっから頑張れよ。んじゃ、俺はサバラン・サラダコーンくんとお茶でもして、仲良くなってくるかな☆」
 手をひらひらさせて部屋から退出した。
 続いてイレヴィクト・ポッキーニが、最後にホットミル・フランラが退出する。先に歩いて廊下を曲がったイレヴィクトを確認すると、ホットミルは自然な動きで足の向きを変えた。
 自室の方向ではなく、元老院長老RK・バジリカレールの執務室へと。

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