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逃げられないと悟ったレモン&ピーチは、すぐさま膝を折り敬服の姿勢をとった。 だが、洋介にまで声をかける余裕がなかったため、旅の日本人とこの地一帯の領主は戸口で正面から対峙した。
金に黄緑と白が混じった髪、鳶色に黄緑が入った瞳、服装を含めて草原の風のような男は、洋介を上から下まで眺めたあと、シニカルな笑みを浮かべて
「――どうぞ、」
体を横にして道をあけた。
「あ、ども」
洋介はペコっと頭をさげて店内に入る。
その様子を見た双子は同時に((うわ〜〜〜!! なんて失礼な事を〜〜〜!!!))と心の中で叫びまくったが、道を譲った領主がこちらへ歩いてきたため、再度頭を下げた。
領主は双子に目もくれず、軽快な足取りで通り過ぎる。彼がテーブル席まで行くと方々から「領主様ごきげんよう!」「領主様もファルファルですかい?」「いつもありがとうございます領主様!」などと声があがった。そのすべてに頷いて応え、席が途切れたあたりで振り返ると
「――皆もパン祭りを楽しんでいってくれ! ワタシもまだまだ買い漁るので、これで失礼するよ!」
手を大きく振って駅の方角へ歩いて行った。
見送った双子が急いで店内に入ると、先ほどの人物が誰かも知らずに試食をしている洋介と、その横でパンの説明をしているエプロン姿の男性がいた。
「洋介さんっ!」
「ヨースケさん!」
「んん?」
レモンとピーチはやきもきしながら何かを言いかけたが、洋介が横の男性とまたパンについて話し始めたため、やがて諦めたようにがっくり肩をおとした。
「洋介さん……、さっきの方はこの領の領主……侯爵様なんです」
「ヨースケさんがあまりに失礼すぎて……処刑されちゃうんじゃないかと思いました」
双子の憔悴ぶりを見たエプロン姿の男性が、はははと朗らかに笑い、双子に試食のパンを差し出した。
「気にしすぎですよ」
この男性はパン屋ファルファルの店主、カノン・トッポトッツ。領主のお会計が終わった直後に入ってきた、見慣れない格好の少年が旅行者だと気づき、パンの説明を始めたところであった。
洋介は試食のパンを飲み込み、
「なんか……、貴族って大変だな」
と率直な感想を言った。
「日本じゃそういう貴族ってないからなー…。一応天皇はいるけど、階級制度? ってのはもうないし、まぁ先生とかには敬語使うけど、失礼すぎて処刑って……」
するとカノン・トッポトッツはまた「ははは」と優しく笑った。
「あの方は、上流階級の中でも特にエンコーダに理解があるので、本当に大丈夫ですよ。だから私たちもあの方に敬意を持っているのです」
洋介の中に、いつかのチェリィとの会話が再生される。
『――エンコーダって?』
『――魔法が使えないフツーの人のこと』
純粋な疑問を、洋介は店主にぶつけた。
「魔法が使える人と使えない人の違いって何スか?」
「……魔法とは、血と時間です。濃い血を持っている人ほど長命で魔法が使えます。あの方は純血の風属性……もうすぐ180才になるはずです。そして、」
店主はちらりと双子を見た。
ピーチが自分の胸に手をあてる。
「ボクは風と土の属性。兄さんは風と火の属性なんだ。血が二種類混じってる。使える属性魔法の種類は増えるけど、その分リスクも大きいし、そんなに長生きでもないよ」
レモンは目線を床に向けた。
「それで、三種類以上の血が混じると、魔法は使えなくなる。寿命も、たぶん日本人より短い。ウチの領じゃないけれど、まだまだ差別対象になってる地域がたくさんある。奴隷とか……」
言葉が尻すぼみになり、店内はしんと静まり返る。
しばらく沈黙が続いたところで、店の外が歓声と拍手に包まれた。気になった洋介が窓から外を覗くと、先ほど店の出入り口で対峙した領主――カムウィンドール・クリームが、パンの袋を山盛りに抱えたまま空を飛んでいた。
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カムウィンドール・クリームが自分の侯爵邸に着地して玄関に入ると、玄関横のサンルームにサワーク・フォカリアの姿を認めた。
長椅子を利用し腹筋をしていたサワークは素早く立ちあがり、大股で領主の前まで来ると、パンの紙袋をひょいと持ち上げてメイドに預けた。そのまま二人は領主の執務室まで行き、この一週間の報告とこれからの運営のすり合わせをするのだ。
領内に配置されている伯爵以下の状況報告――各伯爵家は政治政策や裁判、子爵家は産業流通、辺境伯と男爵家は自然災害や警備状況など――は一旦サワークの元まで集められる。サワークはそこに、ボンボンスチューテ城に勤務している間の各領・元老院などの動きや、界外渡航に関しての情報を付け加えて報告する。
広範囲捜索願いが出されていたゼルフラッペ子爵家の長男の居場所が判明したとサワークが言うと、カムウィンドールは「良かったじゃないか」と八重歯を見せて笑った。
「そういえば、ゼルフラッペの双子を街で見かけたな」
「ほう! では、佐々倉洋介にも会いましたか?! メロン・ゼルフラッペに良くしてくれているとのことで、一週間の滞在許可を出した日本のエンコーダです。おそらく、かの双子と共に、明日あたりから観光地巡りをする予定かと」
領主はぼんやりと、ファルファルの出入り口で会った少年だろうかと思った。この近辺に住むような服装ではなかったな、と考え、次に「日本」という単語からある事を思い出し、紙とペンを棚から取り出した。
手早く書いて封筒に入れ、蝋溶かしに火を点ける。
「城に戻ったら、ポトフェル君経由で渡しなさい。たまには「いい事」をしてやらんと、辺境伯の気も休まらないだろう」
「は……、では、念のために誰宛てかお聞きしても?」
カムウィンドール・クリームは、垂らした蝋に竜の封蝋印を押しつけた。
「お隣りのシチュー領、デリーシャフレア・シチュー侯爵へ」