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「……カミッド・ポ・エラーリャ。フルートフルート・ピロ・シュゼリ」
チェリィの姿がフッと消える。
戸惑うメイド達。
舌打ちするリッツ・ブリュッセル。
廊下の支柱横に待機していた王族近衛隊隊長バニラウッド・クリームスコーンは素早く事態を察知した。境界警備にあたっている部下に風魔法を使い指示を出す。
「業務連絡。「お嬢様」が城を抜け出そうとしている。今度は空からだ。メルカス・リトルシュー、濠の水紋から位置を把握しろ。ラングドシャ・プリッツ、濠の空気を巻き上げて中庭に落とすよう循環させろ。傷つけないように慎重にやれ」
『『了解』』
部下二人の声が重なってバニラウッドの耳に届く。眼鏡を右手でクイクイとあげたバニラウッドは、リッツ・ブリュッセルに小言を言おうと廊下に目を向けるも――、既にリッツの姿はなかった。
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音のしないスリッパを素早く動かしリッツ・ブリュッセルが向かった先は、元老院長老次官シルフスコッチ・クリームシチューの執務室であった。
リッツが何故チェリィの部屋に入り浸っていたのか……、それは、小さく可愛い「お嬢様」にとことん甘いシルフスコッチが、直々に頭を下げリッツに依頼したからなのである。幼い頃から常に軟禁状態にある彼女の心を、すこしでも和らげるために。
扉を開けてズカズカ中に入ると、壮齢の男性が緑髪の少年と向かい合ってソファに座っていた。テーブルには紅茶のセットと菓子皿が置いてある。
眉間にシワをよせている壮齢の男性がシルフスコッチ。そしてニッコリとほほ笑んだ少年が元老院長老RK・バジリカレールだ。
――チッ。間の悪い。
リッツは心の中で舌打ちをし、仕方なく口を開いた。
「チェリィちゃんが逃げ出した」
一瞬視線を止めた二人は、落ち着き払った様子で午後の紅茶を再開した。
しばしの沈黙。
飲みかけのカップを置いたRK・バジリカレールが、周囲に浮いている銅板を手に取り、その端に専用ペンでキキィと短い棒線を書いた。
「えーっと、じゅう・にじゅう・さんじゅう……戻ってきてから通算三十四回目だね」
その声に誰も応えようとせず、またしばしの沈黙。
リッツは「はああああ」と大きなため息をつき、シルフスコッチ・クリームシチューの隣にドッカリと座り込んだ。
やはり、しばしの沈黙が続く。
数回に分けて紅茶を飲むシルフスコッチを横目に、リッツは
「ヴァーベル計画は早々に頓挫した」
存外重い声を出した。
「カシ様が統一したとはいえ、チェリィちゃんの草属性魔法が解明されるまで、土地も文化も言語も違う領域が真に協力し合うなんてことは一度たりともなかった。チェリィちゃんの魔法があるからこそ、ここまで安定した。誰がどの言語を話しても、相手に意思が通じる……心の共有がなされたからこその平和だった」
「でも彼女はずっと逃げ出してきたね」
RK・バジリカレールが甲高い声で続けた。
「だから我々はヴァーベル計画を打ち出した。彼女の魔法に永続性はない。いつか彼女が死んだり殺されたり逃げるのに成功して魔界からいなくなれば、混沌時代のように元老院七光と一部の上流貴族以外、意思の疎通は不可能になる。告知のうえで魔法の効果を弱め、城内より通訳者や言語学者を派遣し、十年をかけて来るべき日に備えようとした」
「私のせいだ」
唐突にシルフスコッチが口をはさんだ。
「本当にすまない……」
「小父さんのせいじゃないよ。こっちはモーニンミルキーまでのお忍び小旅行を手配してあげたのに、外側にまで逃げ出した彼女が一番悪い」
バジリカの断定した口調にリッツは気分を害した。
――いや、チェリィちゃん自体は悪くないだろ。
喉元まで出かかった言葉を理性が押し戻す。自分はあくまでシルフスコッチの依頼で動いており、チェリィ・ソフトクリームに対して個人的な感情は抱いていない。と、いう事にしておかないと世界は円滑に動かない。
「とにかく、」
RK・バジリカレールは立ち上がった。
「博士公爵が考案した新しい城内防壁は完璧に彼女に特化している。城からは絶対に出られないんだから、あと二時間もあれば捕まるだろう。その後はボクの権限で彼女を西の地下に。……「お嬢様」は気が狂い、架空の恋人の名を叫びながらも――民のために祈り続ける。ね、」
目を細め、沈黙を肯定と受け取った緑髪の少年は、銅板を浮かせて執務室を後にした。残された二人は座ったまま、紅茶だけが冷めていく。
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「つぅ〜かま〜〜えたっ♪」
王族近衛隊メルカス・リトルシューが、チェリィの背後から抱きついた。
「放して!」
振りほどこうとするチェリィ。たが、もうどうにもできないことを悟ると、夕闇せまる中庭の芝生に倒れこんだ。
ほどなく王族近衛隊ラングドシャ・プリッツが追いつき、メルカスをチェリィから引きはがして二人を促しベンチに座らせた。ギュッとかたく握られた王女の両手を見たラングドシャは声をかけようとしたが、ためらっているうちにメルカスの方が先に声をかけた。
「お嬢様〜、どうしたんですか? どうもしないんですか〜? あっ、もしかして昼にあったエンコーダとサワーク様の戦いが見たかったんですか?」
「おい、メルカス。失礼だぞ」
ラングドシャはメルカスの軽い言い回しに釘をさしたが、俯いたままのチェリィが素直に頷いたの見て、おやっと引っ掛かりを覚えた。
「あっ、見たかったんですね〜?! あたし最初から見物してたんで、再現できますよ、再現! まずあっちの方からサワーク様が歩いてこられて、んでその後ろからエンコーダのサハクラって人が来て〜、んで……」
メルカスの引き込むようなトークと、徐々に笑顔になっていく黒髪の少女……。しばらくそれを眺めていたラングドシャは、こちらに歩いてくる隊長バニラウッド・クリームスコーンに気づき軽く一礼した。が、その後ろに元老院長老の姿を認めたため、急いでメルカスを立たせ最上礼をする。
RK・バジリカレールは手をあげて応え、ニッコリとほほ笑んだ。