≪ウィッチーズ・マスター≫

U−9 魔法と猫と年齢詐称

 佐々倉洋介は、休憩中の後輩たちと談笑していた。
 今日、野球部の練習に立ち会った理由は、表向きには「倉之助の相談を受けて叱咤激励しにきた」だが、表をめくった裏側は「高橋が本当に魔法使いなのか確かめに来た」である。
 洋介は市営球場のベンチ横に立ち練習の一部始終を見ていたが、高橋憲太は真面目に野球に取り組んでいた。準備体操とランニングから、肩慣らしのキャッチボール、倉之助と組んでの本格的な練習まで、汗をかきながらも楽しく頑張っていた。倉之助の言うように時々出入り口をちらりと見るが、気にはならない程度である。
 現キャプテンの倉之助が「休憩!」の声をあげると、部員たちは一斉にベンチ前へ集まった。
 ちょうど洋介を取り囲むようなかたちとなったため、洋介は後輩たち一人一人に声をかけた。皆、ついこの前まで自分と一緒に戦ってくれた仲間たちである。洋介は久々に、何も考えず身体を動かしたいと思った。
 声がけの一番最後はピッチャーの高橋憲太。
 気取られないよう明るく近付いた。
「よっ! 憲太」
「佐々倉先輩、お久しぶりです!」
 バッと帽子を取り、一礼する高橋憲太。
「硬ぇな〜憲太は。ってか、先週も見に来たっつーの! 今日、どうしたんだよ。調子違ぇじゃん。なんつーかこう、迷ってる? 感じ? みたいな?」
「そう……ですか? 今日は…まぁ……結構いいと思ってますけど…」
「なんか悩みとかあるなら、聞くからな。先輩だし」
 高橋は眉尻をさげ、笑った。
「ハハ……、悩みですか? そうですねー、倉之助がいつマネージャーに告白すんのかなー…とかですかね。オレ、自分では結構協力してるつもりなんスけど、アイツほんっっっとうにオクテで」
 洋介は、あの朝の体育館を思い出す。
 倉之助の言い分だと、佳乃と倉之助を置いて高橋が逃げるように帰っていく、という話だったが―…。
「協力してんのか?」
「いや、協力っていうか、オレ一人で勝手に協力してるっていう……、まぁ、セルフ協力って感じです」
 ハハハと笑う高橋を見て、洋介は考えを改めた。野球部に入りたての頃の彼は見るからに不良少年で、金髪に校則をわきまえない服装、不機嫌に常時つりあがった眉毛でツンツンしていたが、倉之助とバッテリーを組ませた辺りからよく笑うようになった。野球のルールも分からなかった少年が、今日の練習のように真面目にここまで成長した事を思うと、高橋憲太は空想世界からポンと出てきたような魔法使いなどではなく、しっかりとした、現実の、一人の後輩だと洋介は感じた。
 と。
 市営球場の出入り口から、北条院倉之助が入ってきた。
「――せんぱーい……佐々倉せんぱーい!」
 大きく手を振り、ポテポテと部員たちの輪に走り寄った倉之助は、
「妹さんが来てますよぉー!」
 ニコニコと出入り口を指差した。
 つられて洋介が見ると出入り口には加奈子と黒服の少年が立っている。が。少年――猫野黒月が突然あらわにした、険しい表情。まさか。
 ハッと。
 佐々倉洋介はすぐさま高橋憲太の顔を見た。果たしてそこには蒼白の顔面。見開かれた目、震える唇が―…一瞬結ばれ、すぐさま紡がれた。その言葉は。
「リワキューサ・ピ・プル・サエラリャーレ」
 瞬間。
 洋介の体に、ピリッとした不快感が通り過ぎる。ギュッと目を瞑り体をかたくしてやり過ごすと、次に目を開けた時には洋介の周囲から部員たちが消えていた。出入り口にも加奈子がいない。
 この場に居るのはただ三人。佐々倉洋介、高橋憲太、そして、
「メロン・ゼルフラッペ!」
 猫野黒月だけだった。
「貴殿にはクリーム領ゼルフラッペ子爵家より広範囲捜索の依頼が出されている! 速やかにカシ領へ赴き、元老院七光のうちが一人、サワーク・フォカリア様への申し開きを行うべきである!!」
 甲高い少年の声が、市営球場へと響き渡る。数秒の間。
 高橋憲太は下唇をきつく噛み、クロツキを睨みつけた。
「誰だお前……、いや、誰かなんて関係ない……! オレはまだ……帰るわけにはいかないッ!!」
 ギリギリと歯の隙間からこぼれる激情。
 洋介は驚く。今まで見た事のある高橋の表情……そのどれとも違っていた。登板のときでさえ、あんな激しい顔を見せた事はないというのに。
「リジーブ・プ・レトルン!!」
 高橋は両腕をクロスさせ、バッと薙ぎはらった。砂塵が舞い上がり風の刃が黒月めがけて放たれる――!
「スイツ・ペ・コンジェ、ロルーフロルーフ・ペリ・シャルシェ!」
 猫野黒月はサッと屈み、ドーム形防御陣で攻撃を防ぐと同時に攻撃呪文を叫んだが、洋介にまで攻撃範囲が及ぶことに気付き解除した。
「ゴ・シャルシェ! くそっ!!」
 低姿勢のまま走りだす。
 高橋はそれを迎え撃つつもりで両腕をクロスさせ構えた――と。
「やめろっ高橋!!」
「佐々倉せんッうわ!!」
 洋介が高橋にタックルし、二人は地面に倒れた。
 そこに走ってきた少年は、息を切らしながらも「ペーニュルク・プ・ソリュス」と呟く。高橋の体に巻きつくように細い縄が出現し、その端を黒月が引っ張りあげて高橋を縛った。
 高橋がうめく。
「何で……ッ! 魔法使いしか入れない空間なのに、まさか先輩が」
「いやいやいや俺はフツーの人間だから!!」
 猫野黒月はため息をついた。
「ま、そのうちゼルフラッペ家の双子が来るだろ。魔法を使ったのが運のつきだったな。子供のうちは感知能力が高いんだ。アンタは成人してるから、直接の魔法発動は気付けても、魔法使いと接触した人間がいる事までは気付けなかったわけだ。残念だったなメロン・ゼルフラッペ」
「くっ……!」
 そのやり取りを見ていた洋介は立ちあがり砂埃を払うと、黒月に尋ねた。
「……なぁ、今、なんか言わなかったか? 高橋が……成人してる…とか」
「してる」
「成人って、あの?」
「そう、あの」

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