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魔界と呼ばれる異国の、中心部に聳え立つボンボンスチューテ城。
その南東に位置する中央会議室は、円形劇場といっても差支えないほど広く、古代ローマの元老院会議場を再現した造りとなっている。
今宵集まったメンバーは以下のとおりである。
まず元老院を束ねる長老、ローレルカンバキュ・バジリカレール。そしてバジリカに次ぐ権力者、長老次官シルフスコッチ・クリームシチュー。
元老院の中でも特に「賢者」と称される3人と、カシ領以外で区切られた4つの領の領主。領主をサポートする「四大候族御目付役」と呼ばれる4人。
カシ様の付き人兼・事務局局長サバラン・サラダコーン。そして王族近衛隊隊長バニラウッド・クリームスコーンと、その部下2名。
以上である。
それぞれ好きな場所に陣取り、腰を落ち着けたところで長老のバジリカがハンマーを叩いた。長老、とはいっても、それはただの役職名であり、彼の外見年齢は高校生とさして変わらない。ざくざくと切られた緑の短髪をかきあげ、バジリカは自分の周囲に浮いている銅板をひとつ取った。
「では、始めよう」
開始の合図を受け取った長老次官、シルフスコッチが立ちあがった。壮齢の男は会議場の出入り口にうずくまる、ひとつの影に駆け寄る。
シルフスコッチに手をひかれ、月光の下に現れたのはチェリィ・ソフトクリームであった。着ている服は、喪服と見紛うような漆黒のドレス。首につけた真珠のネックレスが、月光をピンとはじく。
会議場の中央、議長席の横に座る少女。
うつむき、唇を噛んだままのチェリィを一瞥し、バジリカは声を張り上げた。
「僭越ながらワタクシが進行を務めさせていただきます。城内勤務の方々におかれましては、貴重なお時間をさいていただき誠にありがとうございます。侯爵様方、御目付役の皆様がたにおかれましては、遠い所をお集まりいただき大変感謝しております。今宵! カオスは消え去るでしょう! 草属性カオスの魔法使いである彼女の力を借り、世界の発展がこれ以上なく円滑に進むであろう事をここに宣言します! ヴァーベル、ヴァル・テラポーラ・ジルキハ。ヴァーベル、ヴァル・テラポーラ・ジルキハ」
バジリカの言葉を、会議場の全員が復唱する。
「ヴァーベル、ヴァル・テラポーラ・ジルキハ。ヴァーベル、ヴァル・テラポーラ・ジルキハ」
呪文に感応し、チェリィの全身が淡く光り始める。唇は噛んだまま、目を瞑り手を組むカオスの魔法使い。
会議場に座る全員がほっとしたように彼女を見つめる中。長老次官のシルフスコッチ・クリームシチューだけが、憐れむような眼差しをチェリィに注ぎ続けている。
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「ご立派でございました」
王族近衛隊の長、バニラウッド・クリームスコーンがチェリィの肩に手をかけた。
深夜の冷えた空気はチェリィの自室まで入り込み、飾られた布や絨毯までもがよそよそしく静まりかえっている。
チェリィは振り返り、
「おとうさんは?」
バニラウッドを見上げた。
近衛隊の軍服を着た長身の先に、眼鏡をかけた神経質な顔がある。額をすべて出すよう中央から分けられた前髪。毛先は真一文字に切られている。のっぺりとした長い鼻を隠すようにかけられた眼鏡を、彼はクイクイと右手で持ち上げた。
「カシ様は、もうお休みになられております。では、私はこれで下がります。失礼いたします。良い夜を」
扉が閉まる。
と。
間髪いれずに開け放たれた。
バニラウッドと入れ違いに入ってきたのは、メイド長アローズヒップ・ドイツァイスである。ヒールを響かせるいつも通りのスタイル。真っ赤な髪は、こんな夜でも映える。
その手には、ロウソクと湯たんぽ。
「まったく! これだから軍……っていうか、男っていうのは…」
メイド長はブツブツと文句を言いながら、チェリィのベッドに湯たんぽを滑り込ませ、部屋のロウソクに火を移していく。
すっかり明るくなった部屋。ベッドのふちにチェリィを座らせると、彼女は隣のクローゼットを開け、ネグリジェを取り出した。
「……おとうさんは?」
チェリィは、紐を解きドレスを脱がせているメイド長にも同じ質問をした。アローズは手を止めずにこたえる。
「カシ様? ――あぁ! そうそう、すっかり忘れてましたわ。サバラン経由でカシ様から手紙がありましたのよ。明日にでもー…」
「今がいい」
アローズの言葉を遮って、チェリィは懇願した。
しかし、メイド長は無言でネグリジェをチェリィに着せると、ベッドに寝かせ、ロウソクの炎をひとつずつ消していった。
湯たんぽで温まった、ふかふかのベッドに横たわる少女の髪をアローズはやさしく櫛で梳かす。
「お嬢様、明日にしましょう。夜更かしは体調を崩しますよ、お休みなさいませ」
メイド長が部屋から出ていく。
チェリィはガバッっと起き上がり素早く扉へ向かった。耳をあてる……廊下で待機している近衛兵の声…。彼女はすごすごとベッドに戻った。
逃げられない――監獄。
地水火風、それぞれひとつの属性かふたつが混じり合った属性を持つ魔法使いたちが派閥をつくり、争い、血を流していたなかで、上位魔法を使役できる草属性の魔法使いが出現した。彼は魔界をまとめあげ、中央部に城をつくり、4つの領に自治を認め、平和をもたらした。
それが王、カシ様である。
草属性の魔法使いは長い間カシ様しかいなかったが、一般人……エンコーダである第二妃アンリ・レモンライムが出産した時、その場に居た全員が驚嘆した。
生まれた子供もまた、草属性だったのである。
希少な彼女は丁重に扱われるが、第二妃の子供ということで、城内での地位はまったく無い。たまらず逃げ出した人間界で、こんな自分に良くしてくれた人間がひとり、いた。チェリィは彼の名をつぶやき、深く、眠る。
「……ヨウスケ…」