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翌日。洋介は、昨日の少年たちを思い出しつつ登校した。
見上げると雲ひとつなく、回想にふさわしい青空であった。
ロリコンじゃねえと叫んだあとのインターホン。開けた玄関先にはレモン・ゼルフラッペと瓜二つの少年が立っており、レモンが駆け寄るととたんに見分けがつかなくなった。
『初めまして。ピーチ・ゼルフラッペと申します。……ねぇ、兄さん、話は終わった?』
同じ顔に同じ服装。
唯一違うのは、肩掛け鞄の色と形だけである。
ピーチの鞄は桃色で、壜のかたちに細長くたゆんでいる。
レモンの鞄は黄色。カッチリと長方形にくぼんでおり、彼はそこからひとつのファイルを取り出した。
おずおずと、洋介に差し出す。
『あの……、お騒がせして申し訳ありませんでした。これをー…、数日後にまた来ます。あ、ファイルの中身は全部コピーなので、失くしても構いませんから。すごく便利ですよね、こっちの「コピー」っていうやつ―…』
廊下を渡り3−Aの教室へ。
荷物を置き、教科書を机の中に仕舞うと、洋介は大きなため息をついた。
「どうやって捜すんだよ……」
少年たちが、2人がかりで5年もかけて捜しまわって見つからない人物を、洋介ひとりだけで見つけ出すなど至難の業だ。
もう一度ため息をつき、洋介は床に置いた鞄を見下ろした。鞄の中には、レモン・ゼルフラッペから渡された日記のコピーが入っている。
昨晩、ベッドに転がりながらざっと読み通したが、そのほとんどが、チェリィ・ソフトクリームへの想いを綴ったものだった。最初はほぼ英文であり、中盤からは徐々にカタカナ混じりの日本語になっていく。後半は全て拙いひらがなで、時には甘く、時には苦く、ポエムを交えつつ恋心が綴られていた。
最後は英字新聞の切り抜きと、悲痛な殴り書き数行。そして
『ぼくも、いこう、さくらだのまち、かのじょと、おなじ、みち、はしる』
という言葉で終わっていた。
さくらだのまち――桜田町。
少年たちは、桜田と名のつく日本の土地をしらみつぶしに当たったに違いない。そして、ここに絶対いると確信しているのは、おそらく、その最後の場所なのだろう。決定打は、洋介に対して言った一言だ。
『教えていただきたい。貴方は一体、誰と接触したのですか。魔法使いの残り香がしみついているんです。とぼけてもムダです……それが。その人が、ボクたちの捜し人だと思うと……っ』
魔法使いの残り香。
洋介は考えた。そう呼ばれるものを探知できればあるいはー…。
「――先輩、おはようございます」
廊下から届いた声に顔をあげると、北条院倉之助が立っていた。洋介から野球部のキャプテンの座を譲られた後輩は、キョロキョロと辺りを見回し、申し訳なさそうに眉を下げて洋介を手招きした。
「先輩、ちょっと……」
「どうした?」
「いや、ここじゃちょっと……」
早朝ということもあり、3−Aの教室には洋介以外、まだ誰も登校していない。それでも手招きするということは、本当に困っているのだろう。
洋介はそう見当をつけて、倉之助の招きに応じた。
2人は体育館まで歩き、誰もいない事を確認すると、舞台袖の幕のかげにしゃがんだ。
小声で洋介が訊く。
「部員の皆と、うまくいってないのか?」
倉之助は首をふる。
「みんな、よくしてくれてます……でも……」
「でも、なんだよ」
「でも……高橋が……」
野球部の現キャプテンは口をつぐみ、沈黙が流れた。
洋介が、北条院倉之助をキャプテンに選んだのは、肉つきの良い体躯が安心感を与えることと、その穏やかな性格。そしてピッチャーの高橋憲太と、唯一対等に話せる人間であったからだ。顧問の大庭先生も納得の人選である。
しかし、今の倉之助はすっかり自信をなくしているようで、洋介は心がざわついた。話をしやすいように、わざと
「高橋って、どの高橋だ? サードの高橋か?」
とぼけみる。
倉之助はクスリと笑った。
一瞬、いつもの柔和な顔に戻り、話をはじめた。その内容はこうである。
洋介がキャプテンをおりた数週間前から、倉之助は新しくキャプテンになった。高橋憲太も驚きつつコーラで祝ってくれた。しかし、それから数日経ったある日。高橋の様子が一変する。途中まで一緒の帰り道、自転車で並んで走行していると突然高橋がブレーキをかけ、全速力で逆走しだしたのである。そのまま見えなくなる高橋を、倉之助はぽかんと見ているしかなかった。
それからというもの、校内ではいつも通りの高橋だが、グラウンドに出るとしきりに周囲を気にして挙動不審になるという。また、下校時にも変化がみられるようになった。通常、倉之助と高橋、マネージャーの佳乃の3人が最後まで残り、男ふたりが自転車で校門から右へ。佳乃は徒歩で3メートルほど離れた左側のバス停へ、というパターンだったが、高橋がこう言ったという。
『バスがくるまで、奈良さんと一緒にいてやれよ倉之助。もう夜になるし心配だろ?』
倉之助はそこで言葉を区切り、すがるように洋介をみつめた。
「絶対変なんです。あいつ、マネージャーを心配しているように見せかけてるだけで、もう、本当、違うんです。わかるんです。誰かから逃げ回ってるみたいな……、それで、ひとりで帰りたくて心配するフリを……、っていう風にしか見えなくて。でも、そういうのって僕が突っ込んでいい話なのかなって、思って、それで……」
「ちょっと待て、」
洋介は手のひらで倉之助を制した。
「その、自転車で逃げた日って何日かわかるか?」
「え? えぇーと……先々週の…、あっ、祝日の前の日です」
――チェリィ!
叫び出したい衝動を、胸に手をあてて抑えた。Yシャツの下にあるのは、彼女がくれた深緑色のペンダント。小さな八角錐のそれを、ギュッと抑えつけた。確信。
祝日の前日。彼女に魔女なのかときいた日。喫茶店に入ってきた足音。逃げ出した高橋。不可解な行動。人間界に来た双子。全てが繋がった。