≪ウィッチーズ・マスター≫

U−4 カードゲーム

 泣きはらした顔でチェリィは、空のカップをそうっと持ち上げる。
「あぁ、あぁ、やだもうチェリィちゃん! そんな泣いたら、水分なくなっちまうだろうさ、なぁ」
 無精ヒゲが伸びた口元からこぼれる陽気な声。赤と青が入り乱れるアロハシャツに、茶色の短パン。足元でぷらぷらさせているスリッパは、選び抜かれたこだわりの逸品。
 元老院三賢者の一人であるリッツ・ブリュッセルは、ゆったりとした仕草でチェリィの持っているカップに紅茶を注いだ。
「三賢者に紅茶淹れさせるなんて、チェリィちゃんぐらいだよ。お姫サマの特権ってヤツさぁ」
 いたずらっぽい瞳で笑わせようと試みるが、チェリィは相変わらず無言で、くしゃくしゃした顔で窓の外を眺めた。
「こんなの……うれしくない…」
 ふるえる声。それでもまた紅茶を飲み干す。それが義務であるかのように。
 リッツが言葉につまった時、コツコツと扉を叩く音がした。
「失礼いたします」
 部屋に入ってきたのは軍服を着た女性だった。軍服と言っても上だけで、下はスカートに網タイツ。足首には魔弦合金でできたリングを巻いている。
 アローズヒップ・ドイツァイスは、その浅黒い肌と燃えるような赤毛に似合わず、この城の――魔界中央部に聳え立つカシ領首都・ボンボンスチューテ城の――メイド長を務めている。
 その管理能力たるや辣腕で、権限だけなら元老院の七光クラスと言われているが、メイド服が嫌いなため、あまり表には出たがらない。そんなアローズヒップが自ら出向くというのは、やはり、それだけチェリィの価値が高いということだった。
「おっ、アローちゃん! 相変わらずミリタリーな格好だねぇ! くぅ〜そそるぅ!!」
「ハイハイ、エロオヤジ」
 引いているカートには、新しい紅茶とケーキが載っている。チェリィの目の前に、ジェリザ白磁のカップとケーキ皿に乗ったミルフィーユが置かれた。
 少女は泣きそうな目をそのままに、
「……ありがと」
 とつぶやく。辛い物が食べたいという言葉を、口の中で噛み殺しながら。
「とんでもございませんわ、お嬢様。さぁ、どうぞ。こちらの紅茶は、ソトワールポットの名産と名高いキャラメルリロウ。甘い香りが特徴ですわ。ケーキは、サバランにパシッ……おつかいに行かせて購入した、ファルファルの木苺ミルフィーユですの」
 それを聞いたリッツが感嘆の声をあげた。
「わ、ファルファルだってぇ! ファルファルっつうたらアレじゃん、ピノークリッシュにある超☆名店! っつうか、ここから馬で何時間かかるんだよ」
「片道4時間。もちろん魔法は使用禁止で」
「やだ、アローちゃんの鬼畜ぅ!」
「まさか」
 宮廷のメイド長は、ニッコリと笑顔を作った。
「さすがに今日「は」休ませてますのよ、ウフフ」
「今日はって……」
「ウフフフフ、失礼いたしますわ」
 一礼し、メイド長は颯爽と立ち去った。



「ただいま〜」
 帰宅した加奈子がリビングの扉を開けると、そこには公園で会った金髪の少年と、その襟元をつかむ兄の姿があった。
「加奈子!」
 洋介はつかんでいた少年の襟を放して妹に駆け寄ったが、その妹は棒立ちのまま、軽く咳き込んだ少年を凝視している。
「お兄ちゃん、そいつー…あれ? 瞬間移動?」
「ケガとかしてないか、大丈夫か?」
「え? 別に」
 首をさすりながら座りなおした少年は、ソファに置いたままの肩掛け鞄の中から、真新しいトランプを取り出した。
「はじめましてレディ。ボクはレモン・ゼルフラッペ。弟に会ったみたいだね。んー…、よかったらボクと、ゲームしない?」
 レモン・加奈子・洋介の3人でババぬきが始まる。初回は洋介が負け、2回目は加奈子が負けた。3回目のカードを配り終えたとき、ようやくレモンは口を開いた。
「5年前、メロン・ゼルフラッペが失踪した」
 ちらちらと洋介を見ながら、カードを2枚ずつ場に捨てる。
 ゼルフラッペ子爵の息子は3人いた。長男のメロン、次男で双子の兄レモン、そして、三男で双子の弟ピーチ。ゼルフラッペ家は広大な桃園を手がけていた。当然、長男が跡を継ぐものだと皆思い、長男もそれを受け入れ、ようやく成人の年齢に達した時の事件だった。
「ボクとピーチは1年ずつかけて、こっちの世界の色んな場所を捜し歩いたんだけど、全然見つからなくて。もっと根本から見直すことにしたんだ」
 なぜ失踪したのか?
 当初は、家業を継ぐのがいやで居なくなったものだと誰もが思い込んでいた。経営に関しての父との衝突も、少なからずあったからだ。
 レモンとピーチは兄の部屋を隅々まで探し、巧妙に隠された、兄の日記を見つけるに至ったのである。
「それでここに……この町に来たんだ。絶対この辺にいるって確信がある。これも何かの縁だし、よければ兄さんを捜すの、手伝ってくれない?」
 最後の3枚となった。
 ババとダイヤのQは洋介が持っている。レモンは自分のダイヤのQをテーブルに置き、ボクとゲームをしませんかと言った。
「ボクがあがったら協力する、ババをひいたら今後一切関わらない」
「お前が勝っても、協力しなきゃいい話だろ」
 レモンはにっこり笑うと、洋介がかざしたトランプカードから、右の1枚を選んだ――ダイヤのQ。洋介の負けだ。
「兄さんの日記を読めば協力する気になるよ。チェリィ・ソフトクリームと会った人間なら、なおさら。だって、兄さんは……」
「あーっ!」
 今まで黙っていた加奈子が、突然大声を出してポンと手を叩いた。
「ロリコン! 喫茶店って、あー! それ、ウチのお兄ちゃんと同じだーロリコンロリコン!」
「俺はロリコンじゃねぇー!!!」

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