≪ウィッチーズ・マスター≫

U−3 数字ゲーム

「ある人を探しているんだ」
 少年はにこやかに言い、洋介は自分の背中に水が流れているような気分になった。
 たぶん、冷や汗だ。
 リビングのソファに腰掛けた少年は、リラックスしているように見せかけてスキがなく、洋介が少しでも動くと、鋭い視線と笑顔で首をかたむけた。
「貴方に聞くとわかるんじゃないかと思って」
 テーブルの上に置かれたレモン水は、少年が注文した品だった。
 偶然、冷蔵庫の中にあったものだが、なかったらどうするつもりだったのだろうと洋介は思う。
「何が、わかるんだ」
 慎重に言葉を選ぶ。
 冷静に。
 落ち着け自分。
 しかし、少年の口から出た一言で、洋介の冷静さは崩れ落ちた。
「ゲームをしませんか?」
「は?」
「ボク、ゲーム好きなんですよ」
「はぁ……?」
 少年は「ね、いいでしょ? お兄さん」とにこやかに言い、金色の髪をもてあそびながら自己紹介を始めた。
「ボクの名前はレモン。レモン・ゼルフラッペ。ゼルフラッペ子爵家の次男だよ。この名前だと、よくカシ領の人間に間違われるんだけど、四大候族のわりあてではクリーム領に入ってる。趣味はゲームなんだ。明日、人間界のゲーム大会に出るんで、ついでに長期滞在中ってワケ。こう言っちゃあなんだけど、お兄さんには全然負ける気がしないよ」
「それで?」
「それで、ボクが勝ったら、お兄さんの知ってることを教えてほしいんだ。例えばー……」
 少年、レモンは一旦言葉を区切り、笑顔の奥から鋭利な刃物を取り出した。
「――人間界に逃亡した魔法使いについて、とか」
「……っ!」
 洋介が立ち上がろうとした瞬間、レモンは、その外見にしては高い声でつぶやいた。
「オリ・パ・クロウン」
 瞬間、洋介の足は凍りつき、勢いをなくした身体はドサリとソファに投げ出された。
「ルールは簡単。お互い、順番に数をかぞえていって、先に100と言ったほうが負けです。1回に数えられるのは3まででOKですか? あ、5にします?」
「……俺が最初から受けなきゃいい話だろ」
 しぼり出すように洋介が言うと、それも予想済みですよと言いたげに瞳を細めて、少年は笑った。それは、大人の笑い方だ。少なくとも、そういう修羅場を何回もくぐりぬけてきた者にしか出せない笑みだろう。
「貴方には、妹さんが1人居ますね」
「なッ?!」
「ボクにも、弟が1人居るんです。双子ですけど」
「加奈子をどうした」
 洋介が語気を強めると、とんでもない、というリアクションを交えてレモンは応えた。
「ボクは何もしていませんよ、そこまで悪人では、人間界への渡航券も発行されませんしね、ただー……弟が、何をするかはわかりませんが」



「94、95」
 レモンはそう言ってニヤリとした。
 部屋の中にはひんやりとした空気(エアコンの風)が流れている。
「さぁ、教えていただきましょうか」
「……おい、ちょっと待て。まだ100までいってねェじゃねえか」
 洋介はなんとか足を動かそうと体をねじる。不恰好な姿勢に、レモンはクスリと笑った。
「95をボクが取った時点で貴方の負けですよ」
「あ……」
 少し考えてから、洋介はしまったと顔をゆがめた。
 このゲーム自体が久々すぎて、その法則をすっかり忘れていたのだ。こいつが少年だということも、油断する要因だ。しかし、こうして負けた後では加奈子の安否のほうが気にかかる。
「加奈子は!」
「こちらが先です、」
 レモンは勢いよく出かかった洋介の言葉を制した。
「教えていただきたい。貴方は一体、誰と接触したのですか。魔法使いの残り香がしみついているんです。とぼけてもムダです……それが。その人が、ボクたちの捜し人だと思うと……っ」
 そのうつむいた、切羽詰った顔に、洋介は初めて少年らしさを見たような気がした。
 捜しているのは大切な人なのだろう。
 さみしいのだ。
 なぜだかよくわかった……自分もさみしいから?
「だたの……」
「え、」
 少年が顔をあげる。
「ただの喫茶店のマスターだよ」
 やけにつっけんどんな言い方になったのは、あのときのことを思い出したからで。
「マスター?」
「あ、名前か。チェリィ……ソフトクリームだったかな」
「――……!!」
 レモン・ゼルフラッペの目が驚きで見開かれた。声も出ない様子だ。そのあまりの驚きさかげんに、洋介の脳裏によぎったのは、キザな緑スーツの男が言った一言。
 カオスの再来。
「あ、いえ、捜し人ではなかったようです」
 あわてたように首をふり、襟を正して少年は手をかざした。
「ダーェ・クロウン」
 はじかれたように立ち上がった洋介は、そのまま、はしりだすようなかたちでダン! とテーブルに片手をつき、少年の襟をグッとつかんだ。
「――あいつがドコに行ったか、お前は知ってるんだな?!」

 ―― 戻る ――