≪ウィッチーズ・マスター≫

U−2 黒猫とおにぎり

 後ろを振り向かなくてもわかる。
 この声、あいつだ。
 ねこのくろつき。
 金髪の少年は、右手を引いて薄笑いを浮かべた。
 加奈子をはさんで、二人は二人にしか通じない話をし始める。
「お前…ブラックファストの飼い猫か」
「近いが、見当ハズレだな。アンタのほうは、クリーム領ゼルフラッペ子爵の息子、だろ? こんなトコロで何してる」
「……さぁね」
「コイツに何の用だ。ただの土着のエンコーダだぞ」
 黒月が、トゲトゲした口調で言った。どうやら「コイツ」というのは自分のコトらしい。
 加奈子は後ろをチラっと見た。
 立っていたのはやはり黒月で、キツイ視線は加奈子を通り越し、金髪の少年に当たっている。
「………」
「………」
 しばらく不穏な空気が流れ、金髪の少年の方が、無言タイムをギブアップした。
「怖い顔すんの、やめなよ。ボクはただ、魔法使いの気配が懐かしかったからー…」
「ウソだね。この街に、魔法使いが何人居ると思ってんの?」
「………」
「長男が家出したんだって? 聞いたよ。アンタ、それでコイツに近づいたんだろ。残念だな、コイツは何も知らない」
「でも、キミが釣れた」
 金髪の少年は笑った。
「お互い、名乗らないかい? ボクはピーチ。ピーチ・ゼルフラッペだよ」
「通り名でいいなら。ネコノクロツキ」
「ふぅん、クロツキね。キミがブラックファストの飼い猫じゃないなら、答えは簡単だよ。キミ、カオスの再来の原因、知ってるだろ?」
「………」
「エンコーダじゃない種族で黒猫を飼っているのは、モルダム・ブラックファストと、チェリィ・ソフトクリームだけだ」
「なるほど」
「でしょ」
「いや、アンタの推理じゃない、アンタの長男が家出した理由がわかった」
「………」
「ロリコンか」
「言うなよ!! 兄さんと違って、ボクはノーマルなんだからっ!!」
 少年……ピーチは赤面したまま、透明な壜のフタを開け、中の透明な液体を口に含んだ。
 甘い香りが漂う。
 加奈子はというと、おにぎりを手に持ったまま、この事態の進行を見守っていた。
 どうやら目の前の少年は、兄の家出を心配して、捜しに来たらしい。
 そしてその原因は、黒月の飼い主(人間を飼う? アブナイ世界? という疑問はさておいて)らしい、ロリロリのお姉さんのようだ。
 魔法使いやら子爵やら、どこぞのファンタジー小説のような話が飛び交っているが、そこもまぁさておいて。
 加奈子は膝の上のおにぎりを見つめた。
 ……食べたいんですけど。
 二人はまだ言い争っている。
 やむ様子はない。しかも、加奈子の知らない世界のような単語がずいぶんと多く、入っていけそうにもない。
「………」
 加奈子はしばらく考えて、それから改めて包装紙に手をかけた。
「――お前の主を見つければ、きっと兄さんもそこに居る」
「だから、何度も言ってるが、気配は消してたんだ。見つかるハズがない。他を当たってみることだね」
 まるいち。矢印の方向にはがす。
「そう言って、本当は兄さんごとかくまってるダケじゃないの?」
「疑り深い奴。そこまでこだわらなくても、どのみち家に戻ってくるさ」
 まるに。右の方向にゆっくり持ち上げる。
「どういうコトだ……?」
「マスターは、とっくにそっちの世界に戻っている。カオスもじきになくなるし、そうなれば元老院もチカラを取り戻す」
「なんだって?!」
 まるさん。左の方向にゆっくり持ち上げ、包装紙を全部はがす。
「じゃぁ、ヴァーベル計画は……? もうとっくに頓挫してるのに……?!!」
「知らないよ。カシ領外の動向なんて」
 まるよん。海苔をご飯に貼り付けて、完成!
「いただきまー…、ぅわっ!!」
 ――バサバサバサッ!!
 公園内の鳩が、一斉に飛んだ。その狙いは、完成したばかりの、加奈子のおにぎり。あわてて頭をガードし、気付いたピーチと黒月が
「「スイツ・ペ・コンジェ!!」」
 ほぼ同時に叫んだ。
 バサバサ! バサバサバサ!!
「………。………?」
 音はするのに、いつまでたっても鳩が攻撃してこない。
 不思議に思い、加奈子が頭のガードをとると、三人の周りにだけ鳩が居ない。いや、正確には、寄ってこれなくなっている。透明なバリケードのような何かが、鳩をシャットアウトしているのだ。
「ったく……。世話のかかる」
 黒月は、ベンチの背もたれに肘をついて、加奈子とおにぎりを交互に見つめた。
「早く食べれば?」
「あ……うん、」
 鳩が寄れなくなるなんて、魔法みたいだ。
 とりあえず、はむっと、おにぎりの上半分を口に入れると、それを見ていたピーチはクスリと笑った。
「忠告したのに。そそっかしいレディだね。名前、おしえて?」
「んー…しゃひゃふや……」
 口の中のおにぎりで、上手く言えない。
「ササクラカナコ」
 黒月が代わりに言い、少年は立ち去った。おにぎりを完食した加奈子は、そのままボーっとしている黒月に一応お礼を言った。
「あんがと……。なんか、魔法みたいだね」
「ハ、まさか。ばっかじゃないの。ドゥ・コンジェ」

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