≪ウィッチーズ・マスター≫

U−1 レモン×ピーチ

 学校から帰ってくると、居間のテレビの画面に、大きな紙が貼ってあった。
 洋介は、野球道具が消えすっかり軽くなった肩掛けリュックをソファに預け、その手紙をながめる。
「ちょっと西公園行ってくる。冷蔵庫のプリン食ったらコロス。カナコ」
 小さな妹は、どうやら公園に行ったらしい。
 時刻は午後四時。
 まだまだ外は明るい。
 自分の部屋でラフな格好に着替えた洋介は、ふうっと、ため息をついた。
 チェリィが居なくなって一週間。こっちが本当の、普通の生活なのだと自分に言い聞かせ続けて、一週間が経った。
 ……退屈?
 いや、コレでいいんだ、コレで。
 会おうと思って会えるほど、簡単な問題じゃないし。そうそう、喫茶店だって、跡形もなく消えてたじゃないか。
 魔法使い?
 黒づくめの少女?
 はは。
 そんなの、最初から居なかったんだ。
 最初から……。
 麦茶を飲もうと台所へ行った洋介は、そこでまた別な紙を発見した。
 白い冷蔵庫の扉に、でかでかと貼ってある紙。
「絶ッッ対、プリン食うなよ! カナコ。……ったく、食わねぇよ」
 苦い顔をして冷蔵庫を開けると、棚の奥に紙が置いてあった。よく見るとそれは、紙で包まれたプリンで。
「……封印」
 筆ペンで「封印」と書いてある。
 封印って……。
 いや、加奈子らしいよ。
 洋介はプッと笑って、麦茶の入った容器を取り出した。
 と。
 ――ピンポーン。
 滅多に鳴らない、玄関のチャイムが鳴った。
「うーい」
 気の抜けた返事をしながら、洋介は居間に行き、ハンコを手に取る。
 昨日、シノ叔母さんから荷物を送ったという電話があったし、多分、飛脚運送からだろう。
 ガチっと音をたててドアを引くと、そこには飛脚運送のお兄さん……ではなく、金色の髪に碧眼をほころばせた子供が立っていた。
 ドキリ、一瞬、洋介の思考が止まる。
 ……誰だ?
 少年は、その二つの瞳に洋介を映し、
「こんにちは」
 と、首をかしげた。
「僕、貴方にお話があって来たんです。時間、ありますか?」
 流暢な日本語。目を細め、洋介をまっすぐ見ている。ココに居るのが正解ではないような、その違和感。
 洋介が連想したのは、自分の前から消えたハズ、の、女の子で。
 なら。
 そうなら。
 まさか。
 いや。
 でも。
 まさか、コイツもー…。
 その時、洋介の家の前に、飛脚運送の車が止まった。
 少年は笑顔で、
「カミッド・ポ・エラーリャ」
「あ、すいませーん、佐々倉大介さんのお宅ですよねー?」
 飛脚運送のお兄さんは、横にそれた少年をスルっと通り過ぎた。まるで彼がどこにも居ないように――洋介に荷物を渡した。




 加奈子がその公園にやってきたのは、そこが猫の聖地だと聞いたからであって、決して鳩と戯れたかったワケではない。
 しかし、中央の噴水も止まっている公園で、猫を探せというほうが間違っている。
「……はぁ…」
 加奈子はその近くのベンチに腰掛けて、用意してきたおにぎり(コンビニで買った)を食べようと、リュックに手をのばした。
 公園内をざっと見渡す。
 まばらな人。おじいちゃん、若いカップル、なんかホームレスみたいな人たち……。
 遊具はなく、草むらに「釣り道具貸します」という看板がたててある。唯一、彼女の目をひいたのは、ベンチ前のタイル。赤や黄色のタイルが、規則的にちりばめられた足元。気のせいか足元だけ温かく感じる。
 しかし、そのタイルも隠れるぐらい、とにかく鳩が多くて、加奈子は
「はーぁ……」
 もう一度ため息をついた。息が一瞬だけ白く光る。
 あれ、もうそんな季節だっけ?
 ついこの間まで、半袖ですら「暑い」と言っていたのに。
 加奈子は、自分が詩人になったような気がして、少し嬉しくなった。
 季節かぁ……。四つの季節がある国って、日本しかないって、そう暁先生が言ってたよね。
 おにぎりを取り出す。
 コンビニから買ったのは、ツナマヨネーズと筋子のおにぎりだ。好き、というより、食べれるモノがそれしかなかった。豚角煮は、なんかコテコテそうだし、ツナサラダは、野菜が生ぬるそうで嫌だったし……。
 要するに、好き嫌いが激しい、という事になる。
「まるいち。矢印の方向にはがす」
 矢印のついた包装紙に手をかけた瞬間、
「ねぇ、」
 上から声をかけられた。
「それ、開けない方がいいよ。鳩が飛びついてくるから」
 顔をあげると、そこには少年が立っていた。
 金色の髪に、碧色の瞳。中世の貴族みたいな格好をしていて、左手には透明な壜を持っている。少年はニコっと笑って、状況が読み込めない加奈子に、右手をかざしー…。
「そこまでだ。子爵のボンボン」
 加奈子の後ろで、聞き覚えのある声が響いた。

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