≪ウィッチーズ・マスター≫

T−9 ペッパー家の陰謀

 知られたくなかった……。
 あたしのこと、怖がらないで?
 お願い。嫌いにならないで……。



「あぁ、前々からそうじゃねぇかって思ってたし」
「――へっ?」
「だって、どう考えても変だろ? その格好とか、この喫茶店とか」
「そっ……、そうかな?」
「あぁ。ものすげー、変」
 あっさり事実を受け入れた洋介に、チェリィは気のぬけた表情で、黒月は二階にあがり、ほぼ同時に黒猫が一匹店内に入ってきた。
「それよりこの手紙、ほら。なんて書いてあるんだよ」
「あ、えーっと、あ。ナイフ、ナイフ」
 赤蝋で封されたクリーム色の手紙を、チェリィはナイフでゆっくりと開封した。中に入っていたのは濃茶の紙で、折り目を丁寧に開く。が、書かれている言葉は、日本語ではない。ミミズがのたうちまわったような文字列を見て、洋介はすぐさま、自分には解読できないと悟った。
「……あのさ、ヨウスケ」
「ん?」
「さっきは、あ、あの……ありがー…」
 そう言いかけて、チェリィは一人で赤くなり、一人で爆笑したあと一人真面目な顔で「なんでもない」と手紙に目を落とした。
「じゃぁ、読むね。知らない単語が出てきたら、遠慮しないであたしに聞いて」
「リョーカイ」
「んんっ! えー、チェリィ、元気でやっているか? お前がエンコーダしか居ないというあの世界に旅立ってからもう幾年月が流れただろう。帰ってこないところを見ると、そちらの世界の方がやさしい環境のようだな。この手紙は、今現在一番信頼できるサバランに持たせた。何か余計な事を言うだろうが、元老院が混濁しているのは今に始まったことではない。心配せずに、自分の道を貫きなさい。そういえば、モルダム・ブラックファストが例の占いで「砂糖に気をつけろ」と言っていた。君が、あの愛らしいスカートを手放さないように願っているよ。S.クリームシチュー。だって」
「ふぅん……」
「………」
「エンコーダって?」
「魔法が使えないフツーの人のこと」
「元老院は? モルダムって?」
「えーっと、こっちでいう国会みたいなモノかな? モルダムおばあちゃんは、カシ様直属の宮廷占い師」
「カシ様? 誰それ?」
「王様。こっちでいう、天皇? とか、ソーリダイジン? みたいな人」
「………」
「………」
「普通の手紙じゃん」
「うん、」
「他には? なんか、付属品とか」
「なんにも」
「……普通の手紙じゃん!!」
 洋介は思わずツッコンだ。
 砂糖に気をつけろ? そんなコトをわざわざ手紙に書いてよこすものなのか? 魔法使いって。
「使い魔でも出したほうがマシだろ」
 そう洋介が言うと、チェリィは
「あははっ! ヨースケ、マンガの読みすぎでしょ! 使い魔って!!」
 と、他人事のように笑い飛ばしてコーヒーを淹れた。しかし、洋介としては、何か裏があるような気がしてならない。
「なぁ、砂糖に心当たりある?」
「別に。隣のビルは佐藤ビルだケド? まーそんなに考えなくても、大丈夫だよ、たぶん」
 ――コトン、と洋介の目の前にコーヒーカップが置かれた。ニコッと笑った彼女は、砂糖壜を手に取る。中には、角砂糖がたくさん。
 ポトポトとコーヒーに吸い込まれていく砂糖たち。ポトポトポト。五個入ったところで、洋介は我慢できなくなった。
「太るぞ」
「えッ、」
「………」
「………」
 一瞬、その場が凍りつく。
 やがて「コレ、ヨウスケの分……」と小さく呟く声が聞こえた。
「俺の分かよ。こんなに砂糖いらねー」
「そうなの? クロツキはいつもこの位だから、普通こんなのかなって」
「あいつは甘党かよ……」
「あたしは辛党だケドね」
 何分たっても進展はなく、手紙は手紙のままで。
 チェリィは角砂糖を粉々にして遊びはじめ、洋介が「俺の思い違いなのかな」と思い始めたころ、5時の鐘が鳴った。
「ヨウスケ! 今日もバイトお疲れ様!!」
「ハイハイ、じゃーな。昨日みたいに留守ってコトないようにしろよ」
「え? 来たの?! え…そっか、そっかぁ…わかった。ヨウスケが来るときには、ちゃんと開けとく」
「おう」
 ――カララァァァン。
「……さて、と」
 テーブルに、開いて置かれたままの手紙。チェリィは何を思ったのか、粉々にした角砂糖を手紙にまぶしはじめた。まんべんなく砂糖をまぶし終えると、手紙は徐々に変色し始めた。すべての部分が黒く変色し終わると、彼女はその手紙を、声には出さず、真剣に読む。
 異様なほど静かな店内。
 やがて手紙を読み終えたチェリィは、
「……ペッパー…」
 ぼそっと、呟いた。あの一族は、昔から厄介事ばかりを企てる。
「チェリィ」
 イスに座っていた黒猫が言った。
「今スグに動けばその陰謀は阻止できるよ。確実にね。保証する」
「…ヨウスケ……」
 彼に届かない声で、彼女はギュッと手紙を握りしめる。

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