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「――え?」
洋介は聞き返したが、チェリィは
「もー言わない」
とクルリ一回転。いそいそと床を掃きはじめた。
いつもながら、お客はゼロ。本人は思いっきり気づいてないだろうが、掃除するにはその箒、大きすぎる。
「なぁ、」
「なーに」
「何て言ったの?」
「教えなーい」
しばらく考えた後、洋介はポンッと手をたたいた。
「喋ってくれたら地獄ラーメンおごるから」
「えっ!! 本当?!!」
喫茶店の斜め向かいにある「地獄ラーメン激辛本舗」は、その名の通り「地獄ラーメン」をウリにしているラーメン屋だ。
地獄の3丁目はタバスコ一本。地獄の99丁目は、汁がラー油のみという、まさに地獄のラーメンである。
この前、放課後になったとたん異様に腹が減った洋介が、なんとなく激辛本舗に入ってみると、そこにはチェリィの姿が。
黒づくめの少女が、口を真っ赤にして地獄ラーメンを食べるその様は、ある意味地獄っぽかった……と洋介は回想した。
少女はしばらく悩んでいたが、意を決したかのように洋介を見た。
「ラーメンは、いらないよ。あのね、店……閉めることにしたから」
「――、え、」
しばらくたって、洋介はやっと疑問を口にした。
「何で……だよ」
彼女は答えずに、ただ、悲しそうな瞳を潤ませるだけで。今日は黒猫も黒月も居ない。動かない二人の影が、白く照らされた壁に映っていた。
「客、来ないから?」
「………」
彼女は無言で、ゆっくり首を振る。
「魔法のこと、バレたから?」
「………」
また、首を振る。
「俺、何か悪いコトでもした?」
「……違う…」
「じゃぁ何だよ!! ……?!」
洋介はそう叫んで、それから思ったより大きな声を出してしまった自分に気づき、ハッとした。
「あ、ゴメン、チェリィ。……?!」
洋介はそう言って、それからいつの間にか彼女のコトを「マスタ-」ではなく「チェリィ」と、名前で呼んでいる事に気が付いた。
「ううん、いい。悪いのはあたしだし……元々あたしが逃げたから…」
またしばらくたって、チェリィは唐突に明るい声を出した。
「何でも! 何でもないんだ! あははー、理由なんかないんだヨ! んーと、飽きたから! ただそれだけ!!」
明るすぎて、逆に乾いた声で。
――飽きただけ?
だったら何でそんなに悲しそうな背中を見せてるんだよ。
だったら何でそんなに悲しそうな声で俺に言うんだよ!
洋介は、自分がどうしてそんなにイラついているのか、今、気づいた。いきなり消えてしまおうとしている彼女に怒ってる。彼女を止められない自分に怒ってる。そんな風に隠し事をされるのが、一番辛いと知っているからだ。
あの時みたいにー…。
「チェリィ、」
「………」
「チェリィ、行くな……行くなよ!」
「……ヨウスケ、ホントごめん。なんかすっごく短かったなー、楽しかったし、あたし、初めてちゃんとした……、ちゃんと「一人」として見てもらって、嬉しかった。だから、よければコレ、もらってほしいんだ」
チェリィは、首に下げていた深緑のペンダントを外し、洋介の手につつみ込むように。
「ヨウスケに会えて、よかった」
そして訪れたのは、ヒトヒラノ静寂。
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「お兄ちゃん?」
心配そうに加奈子が声をかけると、洋介はため息で返事をした。
手にしたペンダントとともに、無理やり追い出された翌日、喫茶店に行くとー…、なくなっていた。ポッカリと、まるで以前から何もなかったかのような空き地。
「……マジかよ…」
と、呟いても、はるか彼方に行ってしまった彼女は、答えるわけもない。
行ってしまった。
結局止めることができなかった。後悔しても遅い。
……っていうか、もう、なんかもう、
「俺はロリコンじゃねーっつーの!!」
「まーた言ってる」
加奈子は呆れて、焦げ目のついたホットケーキを兄の前に差し出した。
「いい加減、いきなり叫ぶのやめてよね。こっちが参っちゃうじゃない」
「……別に。お前には関係ねーから」
二人はそれぞれホットケ-キに蜂蜜と生クリームをのせ、口へ運ぶと同時に叫んだ。
「「…げろマズッ!!」」
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「ねぇ、ねぇ、レモン。あそこに珍しい人間が居るよ」
「本当だ。人間のクセに、魔法使いの匂いがプンプンしてる」
「でしょ?」
「だね」
「チョッと遊んじゃおっか」
「ピーチったら、またそんなコト言って」
「いいじゃない。丁度タイクツしてたとこだし」
「そうかなぁ」
「そうだよ。それに、あの人間ならもしかして、彼の居場所がわかるかも知れないし」
「そうだね、じゃぁ、遊んじゃおっか」