≪ウィッチーズ・マスター≫

T−8 サラダコーンと手紙

「御免下さい」
「―…サバラン…っ!!」
 抹茶色のスーツに、金色のアタッシュケース。日本人離れした美しい顔に、明るい茶の髪。サバラン・サラダコーンは、チェリィに視線を定めると、緩やかに笑った。
「久しぶり。シルフスコッチ・クリームシチューから、君への手紙を預かっていてね。捜し出せて良かったよ……、チェリィ?」
 名前を言われたとたん、チェリィは凍りついた。微笑を絶やさず、ふんわりと落ち着いた印象の彼。しかし、言葉の裏に潜むのは確固たる意志ー…連れ戻す気だ!
「来ないで!」
 チェリィは洋介の陰にかくれた。洋介は首だけで二人を交互に見る。
「やれやれ。私はお嬢様に大分嫌われているようだ」
 サバランは大袈裟に首をふった。そして。
 ――コッ。
 店内に足を踏み入れた。チェリィが叫ぶ。
「スカーレッドヴァル、ミリ・パレ・コンジェ!!」
 間髪入れずにサバランは呟いた。
「ガノゼクタ・スカーレッド……」
 微笑みながら、
「おやおや、本当に嫌われているようだ。そんな高位な」
 靴が鳴る。
 コッ。
「チェリィ。さぁ、考えてごらん。君が人間界へ逃亡した後、カシ様がどんなにお嘆きになったことか」
 コッ。
「城の外では混乱が増し、侯爵家の溝は深まるばかり……」
 コッ。
「だから私は反対だったんだよ。リッツは楽観的だったけれど。シルフスコッチ長老次官がどんなに苦労しておいでか」
 コッ。
「こうなるコトは、わかっていたハズだろう?」
「来ないで……ッ」
 洋介は、背中から感じる気配で、チェリィが泣いていると思った。震えながら。声を殺して。この男のせいだ。怯えている。なら。
「寄るなオッサン」
「……、君は?」
「佐々倉洋介。この喫茶店のバイトだ!」
 一度もバイトっぽいコトしてないけどな……。
 洋介はココロの中でツッコんだ。
「ヨウスケ君か。ふむ……覚えておくよ」
 コッ。
 サバランは、微笑みながら洋介の忠告を無視した。また一歩、前へ出る。
「寄るなって言ってんだろ!!」
 洋介はサバランに向かって構えた。加奈子がいつもやっている、格闘ゲームの……え〜と、リュウ…だかなんとかという人の構えだ。
 それを見たサバランは、目をまるくして驚いた仕草を。
「チェリィ。チェリィ・ソフトクリーム。君は、血を持たない、使えない人間に、一体……何を守ってもらいたいんだい?」
「……ッ?!!」
 背中の彼女が激しく動揺した。
 血? 使えない? 何を??
「ヨウスケ君。その子は大事な生贄だ。仕事を放棄して人間界に逃亡したおかげで、国にとって大変な痛手になっているんだ」
 人間界? 逃亡??
「チェリィ。よく聞きたまえ。こっちの世界はカオスの再来に見舞われている」
 カオス? 混沌の再来??
「あたしには関係ない……」
「あくまで人間ぶる気かい? 所詮君はー」
「ちがう!!」
 チェリィの叫ぶ声が、髪をゆらした。そして、しばしの沈黙が訪れる。
「……なら、言い方を変えよう」
 サバランは洋介に視線を合わせると、哀し気な作り笑いを浮かべた。
「ヨウスケ君。君とチェリィは……まぁ、随分と仲が良いようだがー」
「それがなに?」
 洋介はムッとして言った。
「私にはどうにも、わかり合えるとは思えないなぁ。なぜなら」
 サバランはアタッシュケースをテーブルに置き、左手で洋介を指さし、
「君は光の人間」
 右手を自分の胸においた。
「私達は、闇の魔法使いなのだからー…」
 魔法使い――!
「ちがっ……ちがうヨウスケ! あたしはー…!」
「お前って、やっぱ」
「ちがう! もう魔法使いはやめたんだもん! 人間がイイんだもん! 『お嬢様』も……生贄だって…!」
 大粒の涙が床に落ちる瞬間、サバランはアタッシュケースから手紙を取り出した。
「ヨウスケ君、手のひらを上にむけてこちらに差し出してくれませんか」
「……は?」
「フルート・ポ・ユーレ」
 サバランの手を離れた手紙は、ふぅっと洋介の手の上に舞い降りた。
「チェリィ。君はどうあがいたところで魔法使いだよ。この前、私の影が店に入った時、とっさに姿を消したろう? それは無意識の行動だ。君は、きっとこの先も、ピンチになったら使ってしまうだろう」
「…出てって……」
 壊れそうな声は、サバランの言っているコトの正しさを、十分すぎるほど証明していた。
「君が自分から戻ってくることを、私は願っているけれどね」
 カララァン。
 彼が出ていった後も、無言でうつむいたままの彼女。
 洋介はどうしていいかわかずー…。
「う〜ん! おなか一杯。ん? なに?」
「……黒月…お前……」
 空っぽのケーキ箱をみやって拳を握ると、
「一発殴ってイイか?」
「ヤダ」
 外から、猫の鳴き声が聞こえた。

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