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黒い壁を照らすのは、ブラックライト。彼女は声にならない振動で、蒼く光る空気をゆるがせた。
「……カシ様に、見つかっちゃったかなぁ」
応答したのは、彼女の隣の黒猫だった。
「大丈夫デショ? あの方が一々見てるワケないって。ただ、長老とアイツだけは気づいただろうネ」
クピィィィン。
何かが水面を蹴るような、音が響く。それは種からこぼれた雫だった。
「あいつ?」
彼女は険しい顔で、黒猫に聞き返し、黒猫はクイと首をふった。
「そう、アイツさ」
クピィィィン。
「「サバラン・サラダコーン」」
黒猫と彼女の声がかぶる。それから彼女は「やっぱり」とため息をつき、ゆっくりと手をかざした。種に触れないよう、少し手前でとめる。
「渡すなら、どっち?」
クピィィィン。
「ニンゲンの方」
「サバランの方」
今度は、声が二つ。
しばらくの沈黙ののち黒猫は、ため息をついた。
「君は、チュウトハンパに夢見がちだ。逃げきれないよ」
彼女は、彼女にとっては大変珍しく静かに怒って、言った。種がゆれる。
「キミは、チュウトハンパに現実的だヨ」
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いつもながら、裏路地は暗がり。
洋介は頭の中で、何度もシュミレートしていた。
まず、店に入る。それから、今右手に持っている「カンロ堂」のケーキセットを渡す。そして「この前はゴメン」と謝る。多分、許してくれるハズだ。甘いものが好きそうな顔してるし。
で、今日の課題に取り組む。
店の照明を、左手に持っている蛍光灯に換えようと思っている。あんなオレンジの光じゃ、一昔すぎて客が入っても引くだろうし。
「……よし」
ピタッと立ち止まったのは、喫茶店の前。洋介は、ぎこちない深呼吸を何度かし、キッと入り口を睨んだ。思い切ってー…!
「何してんの? ヨウスケ」
カラン☆
「ぅわっ!」
「中から丸見えなんだケド」
「……ハハ」
そうだった。
洋介は、自分の顔が赤くなるのを感じつつ、店に入った。やはり、薄暗い。電器屋で蛍光灯買ってきて良かったと、洋介はひとまずホッとした。サイズも丁度良いようだし。と、視線を落とすと、右手の箱が目にとびこんできた。
――そうだった!
「あ……チェリィ。コレ、一緒に食べようと思って買ってきたんだけど」
あたふたしながらチェリィに渡す。
「ケーキ?!」
彼女は驚いた顔で洋介を見た。
「あ、えーと、この前は悪かった! だからその―…」
「ヨウスケ……」
「本当悪かった!」
「あたし、辛党」
「……、へっ?!」
ウソだろ〜?! 洋介は目の前が真っ暗になっていくのを感じた。チェリィはすまなさそうに洋介を見るが、手に持ったケーキ箱は無くならない。
「い……いや、イイんだ、別に…」
二人の間に木枯らしが吹く。
と。突然、チェリィはカウンターに走っていきコーヒ−を淹れ始めた。
「食べるっ! ヨウスケが買ってきてくれたケーキだもん」
「いいって」
「食べるの!」
「いいから、チェリィ、無理すんなって」
「ソーダヨ。僕も食べるカラ」
「そうそう……って、」
店の奥から出てきたのは、スカートにも見える半ズボンをはいた男の子であった。高いトーンで「僕にもコーヒー」とつぶやく。
「だ……誰…?」
「僕、モンブランね」
少年はスタスタとカウンターまで来て、モンブランを箱から取ると、洋介を見るなり
「アンタがササクラヨウスケ? ふーん。やっぱり大したコトないね」
と、せせら笑った。
「黒月!」
チェリィが少年を怒鳴っても、少年は無言でモンブランを食べ続ける。
仕方なく彼女はため息をつき、少年を紹介した。
「あたしの親戚の子で、猫野黒月。イロイロあって、前からウチに住んでるの。ヨウスケとはタイミング合わなくて。あ、この店の名前もこの子からとったんだヨ」
「やっぱりな」
洋介は自分のカンも捨てたモンじゃないと思い、
「加奈子……妹が、一回こいつと遭遇してて、もう一回会いたいって言うから、もしかしたらって思ってた」
チェリィに「やっぱり」の意味を説明した。すると黒月は
「何? アイツ僕に惚れたの?」
二個目のケーキを食べ始めた。
「いや、一回ぶん殴りたいって」
「遠慮しとく」
三十分ほどお茶を飲み、洋介は蛍光灯の交換を始めた。これで清潔感が少しでも出てくれれば、客も入るカモー…。
パチッ。
白い光が、真新しい壁を照らし出し、三人は店の真ん中でしばらく上を見上げていた。と。
カラランッ。
一人の男が、店の扉を開けた。