≪ウィッチーズ・マスター≫

T−6 恋は淡雪のように

 がっしりというワケではなく、少しプニプニとした質感の筋肉。
 五分刈りの頭は寒そうだが、また生えてくるので本人は特に気にするでもなく、キャッチャーミットを草の上に置いて準備運動を始める。
 北条院倉之助は、休日練習に高橋を誘っていないことを後悔しはじめた。野球部のキャプテンという実感も、まだわかない。こうして運動していると、その時の光景が頭から離れず、あわててブンブンと首をふった。
 あのとき。
 彼を推したのは、元キャプテンの佐々倉先輩であった。
 あまり話をした記憶も無いのに、キッパリと放ったあのヒトコト。
 ――俺の後任は倉之助だ。
 なぜ??
 部室にいた全員が、投手の高橋だとばかり思っていたのに。
 よりにもよって、自分が。しかも、捕手なのに。一番目立たない役の自分が。
 ……それでも、みんな付いてきてくれている。高橋も、コーラで祝ってくれた。本当は悔しいハズなのにー…。
「あれぇ、キャプテン! 何してるのー?」
「え? あ、奈良さん」
 マネージャーの奈良佳乃が立っていた。
 土にまみれたユニフォームを、腕イッパイに持っっている。とりあえず同じ学年ではあるが、クラスが違うため、こうして二人きりで話すのは初めてだった。倉之助は自分の顔が赤いんじゃないかとドギマギしたが、佳乃は特に気にしていないようである。
「え……えーと、奈良さんこそ何を…」
「同い年なんだし、佳乃でイイよ」
「あ、はい」
「私は、見ればわかると思うけど、ユニフォームの洗濯しに行く所! もう、量が多くて休日じゃないと思いっきり洗えないし。キャプテンも、ココで脱いでくれれば一緒に洗濯しますよぉー」
 からかったつもりが、倉之助には直球できたらしい。
「あ……あぁハイっ! 脱ぎます!!」
 ガバッとユニフォームをめくる男に、佳乃はビックリしてユニフォームの束を落としてしまった。
 ドサドサと音をたて落ちる服。
「うわっ……すみませんッ!」
「いいっていいって、私こそゴメン。キャプテンってピュアなんだねー」
 倉之助はかがんで、ユニフォームを拾おうとし、ふと気づいた。
 入り口から、こちらを見ている影。あれはー…
「佐々倉先輩!」



「オッス。元気でやってるか?」
 洋介は左手を軽くあげて、二人を交互に見た。
 久々に見た先輩の後ろには、小さな女の子が一人、ひっついている。
「あ、こいつ? 俺の妹」
 女の子はペコっとお辞儀を。倉之助は女の子に笑いかけた。
「妹さんですかぁ……こんにちー」
「デブ」
「え?」
「加奈子!!」
 洋介が叱ろうとすると、少女は器用に洋介の影に隠れ、
「デーブデーブ♪」
「……すまん。気にしないでくれ…」
「いえいえ、従兄弟たちで慣れてますから」
 倉之助は笑ってそう言い、加奈子を追いかけ始めた。
「デブが追っかけて来たー!」
 加奈子は笑いながら走っていく。
「ったく……」
 洋介は苦笑いでその光景をながめた。と。
「先輩っ、あの、」
 視線をもどすと、いつになく真面目な佳乃の顔にあたった。
 まっすぐ洋介を見つめ、
「……その…」
 言いにくそうに目を伏せる。
 しばらくそのままで、佳乃がやっと顔をあげた瞬間
「お兄ちゃん帰ろ!」
 加奈子が、洋介と佳乃の間に割り込んで、大声を出した。よく事態を理解できていない洋介。加奈子は「ふふん」と笑って、佳乃を見、
「さっさとソレ、洗ってきなよ」
 刺々しい口調で言い放つ。追いかけてきた倉之助は、この状況を瞬時に理解し、名残惜しそうに先輩を見ている佳乃に
「行きましょう。洗濯物、持ちますから」
 と、優しく声をかけた。
 四人は「じゃぁ」と言い合い、数分後にグラウンドは無人となった。
『佐々倉先輩が好きなんですか?』
 倉之助は、洗濯物を抱えて土まみれの彼女に、思い切って聞こうかとも思った。が、声は細く空気を振るわせるだけだった。
 恋。
 佳乃の後ろ姿を綺麗だと思って、倉之助はため息をついた。今は、野球に専念しよう。冷たくなってきた空気が、頭を撫でていった。




「結局、ただの散歩」
 加奈子は石を蹴りながらぼやいた。店に行ってはみたモノの、扉は開かず、中をのぞいてはみたモノの、マジックミラーで何も見えず、すごすごと退散してから思い出したように高校のグラウンドへ立ち寄った。
「聞いてる? お兄ちゃん」
「明日、もう一回行ってみるって」
「ふーん。………、て、えぇ?! 熱、ない? 大丈夫??」
 この出不精が、日曜日まで使ってあんなトコに行くなんて! 加奈子の驚きが伝わったのか、
「ナンだよ」
 洋介はブスッとして前を見る。
「お兄ちゃん……」
「あ?」
「あの喫茶店、何か、あるの?」
「何もねぇよ。変なマスターがひとり、居るだけ」
 彼は足を速めた。

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