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「ふーん。変な名前」
漢字にすると、猫野黒月。彼はそう付け足した。
「アンタは?」
「……ササクラカナコ」
漢字にすると、佐々倉加奈子。同じような口調で言ってやると、彼、黒月は
「ふーん。変なナマエ」
と加奈子と同じような口調で言った。高い、透き通った声。歌を歌うならソプラノだな。加奈子はそう考えたあと、時計を見た。
まだ三十分以上ある。しばらくはヒマを潰せそうだ。
「アンタって、中央の生徒だよね?」
「ん。五年生。歌わないよ。ピアノ弾く」
ピアノ。
加奈子は内心「すごい奴」だと思いつつ、顔には出さないように言った。
「へぇ。キザっぽい」
黒月はまた不機嫌そうに顔をしかめた。分かりやすい奴。
「ピアノ弾きは優等生って決まってんのに、アンタ、授業サボってていいワケ?」
思わず加奈子がそう言うと、黒月は怪訝そうな顔をして何かを考え、
「……ピアノ弾きが優等生?」
「どこだってそうでしょ」
「聞いたことないね」
「………」
「………」
「いや、ボクはピアノの練習で、今はトイレに行こうとしてたの。で、アンタが見えたから追いかけたダケ。ところで、」
黒月は腕を組み、真新しい白い柱に背中をつけた。
「君はよその生徒だろ」
「東小」
「ふうん。ウロチョロしてると迷子になるよ」
「ウロチョロって……もう死語だし。よけーなお世話!」
「っていうか、案外もう迷ってココに来たんじゃない?」
図星だ。
既に、どの角をどう曲がったかさえ覚えていない。
本当は玄関まで案内してほしかったけれど、なんかヤな奴。恩を売ると余計な事になりそうだ、と加奈子は思った。顔には出さないつもりが、どうやらすっかり顔に出ていたらしい。
「道順なんて簡単ジャン。そこ右に戻ってあとスーッと行けば」
加奈子が意地をはって答えると、彼はニヤリと笑って
「ふーん。そう」
――こいつ、やっぱりヤな奴だ!!
「あ、アンタだって、練習しないと本番に指つっちゃったりして」
「君こそ。練習しなくてイイの。たぶん、理科室かどこか借りて練習してると思うんだけど」
「うそ?! マジ」
「頼むなら、案内してあげてもイイけど?」
黒月は、勝ち誇ったように笑っている。
「……いらないっ!」
加奈子は走って少年の前を抜けると、そのまま後ろも見ずに廊下を走り出した。右に曲がってまたすぐ左へ。と。丁度、加奈子を捜していた暁先生が立っていて。
「カナちゃ〜ん!! どこ行ってたのぉ。捜しちゃったじゃな〜い」
加奈子を特に叱るでもなく、皆の居る音楽準備室へ背中を押した。
練習は終わった後だったが、友達と冒険談をする暇もなく二列になって体育館へ移動。加奈子はあのヤな奴を見つけようとしたが、そもそも中央小学校の生徒は全学年参加で人数が多く、土台無理な話だった。
ステージにライトが灯る。音楽発表会の開催だ。
『一番、桜田中央小学校五年五組。曲名は……』
放送が流れると、背の高い順からゾロゾロと生徒たちがステージへ上がり、そして。
「あ……!」
「どーしたの? カナちゃん」
「ううん、なんでもない」
奴が出てきて、左端にあるピアノに。最後に指揮者が出てきてお辞儀。
曲が始まった。
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「……で、その話のオチは?」
「ドコの家のコなんだろ。一回パンチしてやんなきゃ気が済まないよ」
加奈子はパンチする仕草をして、空になった容器を台所へ持っていった。
「良かったじゃん、新しい友達ができて」
「お兄ちゃんにはわかんないの! とにかくヤな奴なんだから!!」
中央小は金賞。
東小は銀賞だった。
ステージ上でトロフィーを持った黒月と、一瞬目があったのは気のせいじゃない。
……でも、
「別に、会わなくってもイイんだけどさ」
「どっちだよ!」
会ったら会ったで、また皮肉ばかりの会話になるだろうし。
「そいつ、名前何ていったっけー?」
リビングから、兄が大声で聞いてきた。
加奈子もつられて大声でかえす。
「ねこのくろつきー。動物の猫に、野原の野って書いて、あと名前はそのままー。黒い月だってー。ホントおっかしーよねー」
「キッサ店の子じゃねーの?」
「え?!」
兄の思いがけない言葉に、加奈子は固まった。ドタドタとリビングに戻る。ソファの背もたれに手をかけ、
「ドコの!」
「兄ちゃんの学校の、通り道。裏路地になってて、あんまり人は入らなねぇーんだけどな」
「明日連れてってよ。祝日だし」
珍しく兄にお願いをした。
「ハイハイ、お嬢様。間違いでも起こらなきゃ、連れてってやるよ」
洋介はテレビの電源を入れ、ぼんやりとあの下手な看板を思い出していた……喫茶、黒・月・猫。
まさかな。ま、連れて行けば、あの気まずかった空気も何とかなるだろう。そう思い、ゆっくりソファに寝転ぶ。