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カラン、と、ドアが開く。
「いらっしゃい!」
笑顔で洋介を迎えたチェリィは、黒いコーヒーカップに何かを注いだ。
「やっぱり戻ってきてくれたんだネ!」
「やっぱりって何だよ……」
戸口に突っ立ったままの洋介は、彼女のあまりの上機嫌ぶりを見て、いささか引いた。「ドウゾ座って」と言われカウンターの椅子に腰掛ける。液体が入ったコップが差し出された。
「あのさマスター、これって、」
「うん? そこの安いお店で買ったオレンジジュースだヨ?」
ガクッとうなだれる洋介を、少女は不思議そうに眺め、何がいけなかったのだろうと考えはじめた。
他の店から買ったものを自分の店で倍値で売るのは、ごく当たり前のコトなのに。それとも「ココ」では常識として違うのだろうか?
「ま、いっか」
気を取り直して、チェリィは明るく言ってみた。
「とりあえず、メニューを考えてみようと思うのー。看板変える前に手伝ってくれたら嬉しいんだケド」
「へぇ、」
「言われたとおり、メニューが無い喫茶店って、ドコにもないみたいだし」
「そりゃぁな」
「でしょでしょ?! 一緒に考えてくれるよね?」
「……まぁ…イイけど……」
チェリィは鼻歌を歌いながら、茶色の表紙のノートと青いインクペンを出してきた。
初めてこの店で「黒」以外の色を見たな……。
洋介は少し安心した。この店の物は、ほとんどが黒い。たぶん少女の好きな色なのだろうが、喫茶店で「黒」は重過ぎる。
彼女は左手でペンを持ち、ノートにカタカナで字を書き始めた。
「カタカナ?」
訝しげにノートを覗き込む洋介を見て、チェリィは
「あたし、カタカナ好きなんだヨ」
笑い、また鼻歌を歌いながら書き始めた。
「じゃぁね、まずは……」
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数十分後、できあがったメニューを洋介に見せて、チェリィは
「どう?」
輝かせた瞳で洋介を見た。
「………、え?」
ショートケーキがワンカット1200円?!
「高ッ!!」
「そぉかな?」
「全体的に高ぇよ。なにこのタマゴサンド800エンって」
「え、そ、そんなに高いカナ……」
洋介のツッコミと驚きに、チェリィはシュンとして下を向いた。
「それと、水っていらねーし」
「ほえ?」
メニューの一番下に「ミズ0エン」と書いてある。
「こういうのは「セルフサービス」って水注しのトコロに書いておけば、客が勝手に持ってくぜ?」
「……せるふ?」
「セルフサービス。タダってこと」
「へぇー。そうなんだぁ」
チェリィはしきりに感心している。セルフ、セルフサービス、と何回かつぶやくと、洋介からノートを取って、またカタカナで書き始めた。
……水に値段がある国に居たのか?
洋介は勘ぐる。大体名前からして、面白い偽名っぽいし、常識全然知らないし。外国からやってきて店を始めたとすれば辻褄が合う。
でも割に合わず日本語がペラペラで、顔だって、日本の女の子そのもの。帰国子女ってヤツか?
「なぁ」
聞いてみようか? この不思議な子の、色々なことを。
「なに?」
「……いや、何でもない」
あえて聞かないでおこう、と、洋介は視線をドアに向けた。チェリィは首を傾げて、洋介の視線を追う。
「あ、お客サン? 来ないねぇ」
「はは……」
来るわけねぇよ……と洋介が思った、その時。
――ジリリリリイ!
「?! なんだ!?」
いきなりベルが鳴り響き、同時に黒い猫が店の奥から飛び出してきた。
「クロッキ!」
猫はチェリィの肩に飛び乗り、うなった。
「ヨウスケ! ココから絶対に動かないで」
「え?」
「しっ!」
何がなんだか解らず、チェリィの気迫に固まった洋介の頭に
「カミッド・ポ・エラーリャ」
彼女は手をかざしつぶやいた。
……ギィ…。
ドアが開く。しかし、そこに人は…居ない。
コッ…コッ…コッ……コツ。
靴の音が止まる。息苦しい、間。
「………」
コッ…コッ。
再び靴の音がした時、洋介は、自分が「見えないダケ」なんだと気づいた。足音を追うチェリィの視線。確実に、見えている。
ギィ…ギィィ……カラァァン。
もう一度ドアがゆれ、閉まると、彼女は「デ・カミッド」と、手をひらひらさせた。黒猫は優雅に洋介の前を通り過ぎ、店の奥へと消えてゆく。
「ふぅ。よし、ヨウスケ! 続きやろっ♪」
「お前ってさ、魔女かなんかなの?」
「えっ?」
彼女は、今日ハジメテの不機嫌な顔をした。
「……違うよ」
悲しい声は、店の中に、無限に響く。