Act.2 その罪、有罪だろうか
変なオッサンがハンマーを振り下ろした。
コンッ。
ハンマーは、映画かなんかでよく聞くようなそれほど、大きな音ではなかった。
傍聴人は、知らない人ばかりだ。
五十席ほどあるイスは、スーツを着た人間で埋め尽くされた。その中でポツポツと、白衣を着た人間も混じっている。
ざっと見わたしてみたが、オレの親父もお袋も来ていない。それもそうか、親父は寺の仕事で忙しいだろうし。お袋は近頃…井戸端会議に夢中だもんな。
っていうかその前に、自分の息子の裁判に来る親なんて居るんだろうか? という疑問が頭をかすめた。
「これより被告人・葛西慎一の第一審刑事裁判を始めます」
変なオッサン=裁判長。
「検事側、準備完了しております」
オレの左側にいる、七三のオッサン=検事さん。
「弁護側、準備完了しております」
オレの右側にいる、ハゲたオッサン=弁護人。
なんだか華がないなぁと思いつつ、心臓はバックンバックン鳴りまくっていた。
だって、裁判だなんて生まれてから一度も経験したコトないし、それにオレの罪が、思ってたより重大な罪らしかったから…。
「ではまず、人定質問から始めます。被告人、名前は?」
「えっ、あ、オレ? えっと…葛西慎一です」
まさか裁判長から質問されるとは思ってもみなかったんで、オレはあたふたしながら答えた。
一瞬、場がしらける。
…すんません。緊張してるんです。
しかし、この手の人物には慣れ慣れといったカンジで裁判長は「そんなに緊張しなくても良いですよ」と言い、簡単な質問をいくつか繰り返した。
「以上の回答をもって、被告人を葛西慎一と認めるものとします。それでは検事側、起訴状朗読をお願いします」
「ハイ」
検事(名前は田辺というらしい)が、ゆっくり席を立ち、オレを睨んだ。
いや、そんなに睨まなくても…。
傍聴席がざわめきに包まれる。イヤな気分。
オレは静かな声が大嫌いだ。耳打ちの会話よりは、ヤジでもなんでも飛ばしてくれた方が助かるのに…。
ようやく睨むのを止めた検事は、大きい封筒から賞状のようなものを出して読み始めた。
「被告人・葛西慎一(十九歳)は、平成××年四月二十七日、午後八時五分ごろに県道六五一を時速百キロメートルで走行中、国の天然記念物に指定されている「ツチノコ」を轢いて、死亡させた疑いがあり」
「はぁ?」
オレは思いっきり大声で、疑問を検事に投げかけた。
「なんだよ、オレの轢いたモノがツチノコだって証拠はあるのかよ! っていうか、オレ、何も轢いてないし」
コンコン!
「被告人、静粛に。まだ起訴状朗読が終わってません」
「…ぁ…、はぁ…」
オレは、なんだか「先生に叱られた生徒」のように、肩をすぼめて縮こまった。
「では検事側、続きを」
「ハイ。しかも被告人は、車の排気管を勝手に改造し、付近住民に多大な騒音被害をもたらしていました。従って、この青年を「道路交通法違反」「騒音防止条約違反」「希少動物保護法違反」及び「人々の夢を踏みにじった罪」に問うものとします」
「………」
なんだよその「夢を踏みにじった罪」って。
道路交通法違反はわかるけど、その罪、微妙。
オレは怒りを通り越して呆れたが、周りの人々(主に検事)は納得したような顔をした。
…この裁判、なんかオカシクねーか?
しかし、オレの疑問をよそに、裁判は進行していく。
「それでは弁護側、罪状認否を」
「ハイ」
オレの弁護士(名前は北沢というらしい)が、席を立ち、オレをちらっと見た後話し始めた。
「被告人は、スピード違反に関しては…おおむね認めておりますが、ツチノコを轢いたというコトに関しては全面的に否定しております」
当たり前だ。認めてたまるかよ。
心の中で、改めてそう誓ったオレは、北沢弁護士の次の言葉に唖然とした。
「付け加えるならば、えー…。被告人の精神状態はいたって健康。精神鑑定でも、何も問題ありませんでした」
精神状態が健康?
チョット待て。オレは狂人扱いかよ!
だいたいにして、オレは何も轢いてないんだってば!
真夜中の直線道路を気持ちよく流してたら、速度規制で張ってたネズミ取り(物陰で待ち伏せするパトカー)に引っかかっちゃっただけなんだってば!
もーツチノコを轢いたとか変なコト喋っている検事とか、平気で裁判を進める裁判長とか、疑問に思わない弁護士とか、とか、とかさ、あんた達の方が狂ってんじゃねーのか?
「わかりました。では検事側、冒頭陳述を」
「異議あり!」
「!」
声の出所を知った裁判長は、一瞬呆けた顔をして、それからしかめっ面をした。
そう、声の出所は…オレだ。
「被告人は静粛に願います」
「黙ってられっかよ。そもそもツチノコっていう時点で間違ってるじゃん」
「………」
裁判長はしばらく考えて、そして言った。
「本来ならば、この段階での被告人の発言権は許可されていないのですが…特別に許可しましょう」
ムズっ。言ってるコト意味わかんねー。
「裁判は一時中断。被告人の発言を認めることを、ここに宣言します」
コンコンコンコン。
ハンマーを叩いたあと、裁判長はオレの瞳を真っ直ぐに見て言った。
「裁判の進行に、何か問題でも?」
「違う!」
ザワザワザワ。
「あ…いや、違います」
勢いにおされて、つい敬語になる。
オレってば案外弱い。
裁判長は少し考えて、また言った。
「立っているのに疲れたのなら、そこのイスに腰掛けてもイイのですよ」
「え! マジ?」
オレの真後ろには、ボクサーが座るような木のイスが置いてある。さっきから、いつ座っていいのか気になってたんだよなー…って、そんなコトじゃなくて!
「違います」
進行自体が問題なんじゃなくて、疲れたんでもなくて、オレの罪の方が問題なんだってば。
「では何かな?」
「………」
オレはしばらく黙っていたが、やっぱり言うことにした。
「この裁判は間違ってる」
ザワザワザワ。
一言そう言ったら、オレの中に溜まっていたイロイロが、一気にあふれてきた。
「だいたい、オレはツチノコを…っていうか、走っている間何も轢いてないっ! 身に覚えのない罪で裁かれるのはもってのほかだ! それに、みんな何かオカシクねーか? ツチノコなんてこの世にいねーんだよ! 何で現実に居ない生物のことでオレが裁かれなきゃなんねーんだ! お前等ツチノコが居るとでも信じてんのかよ! ばっかじゃねーの?」
コンコン!
「被告人は静粛に!」
「―……ッツ!」
裁判長が初めて口調を荒げたので、オレはビクッとしてそのまま硬直状態に陥った。
ヤバい…。
なんか怒らせちゃったよ…。
すると、先刻までザワザワだけだった傍聴席の声が、やけに耳に響いてくるようになった。
「あんなヤツさっさと死刑にしちゃえばイイのに」
「ツチノコを否定するとは…まったく、けしからんヤツだ」
「こんな裁判初めてじゃないか?」
「裁判長を怒らせちゃったよ。どぉするンだろうあの少年」
「ばっかじゃないのー?」
「あんなヤツ死刑だよ死刑」
「死刑だ」
「死刑にしちゃえ」
「死刑で決定だよ」
「死刑」
「死刑」
「早く死刑にしろって」
「死刑に決まってる」
「死刑にしろ!」
「死刑!」
「死刑!」
「死刑!」
「死刑!」
「死刑!」
コンコン!
「静粛に! ではこれより裁判を再開する。検事側、冒頭陳述を」
「では次に証拠調べだ。検事側は事件の証拠となる物品を提出し、弁護側はそれについて追求する権利を与えるものとする」
「論告求刑。検事側、弁護側は、今までの裁判の流れを総合して、被告人をどう罰するかについて…及びその理由について述べよ」
「では判決に入る」
コンコン。
「判決―…お前は死刑だ!」
死刑死刑死死刑刑死刑死刑死刑死死死死死―…!
「うあぁぁぁぁぁぁっっッツ!」
飛び起きると、薄暗い灯りが瞳に焼きついた。
「はぁ…ッ…ユメ……か」
つぶやく声は、コンクリートの壁に反響して、耳まで戻ってきた。
ゆっくり辺りを見回す。
いつもの壁。その灰色のコンクリートは、オレの体温まで奪っていくが、ないよりはマシだ。
いつもの布団。茶色の毛布。春だというのにまだ冷たい空気は、薄い毛布からカラダにしみ込む。
いつもの鉄格子。黒い、黒い、鉄のかたまり。オレと社会を隔絶する要。
あと何ヶ月かでこの風景ともオサラバなのに、何でいまさら裁判の夢なんか見なきゃなんねーんだよ。
てか、変な夢だったなー…オレは自分の夢に悪態をついた。
と。
「どうした?」
いつもの監修係のオヤジが声をかけてきた。
「…いえ、チョット夢見が悪くて…」
「はは、そうか。いやね、ココに長いこと居ると、発狂する人間が後をたたなくてねェ。ま・いっそのこと狂っちまって自分の罪も忘れちまえば…楽に生きれんのにな」
「…そぉですね」
まったくその通りだ。
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