■ 見た夢、連番。 ■

■ 1 ■

 殺人現場を目撃してしまったのであつた。
 ちなみに僕は 探偵ではない。
 老夫婦は、ささやかなパーティーの準備に追われていた。
 老夫婦の娘が結婚するのだそうで、そのお祝いにと村中の人々が家に集まった。
 小さな村だ。
 20畳もあれば良い。
 その明るい騒ぎの中、一人の男が娘を狙っていた。
 男は娘に対して憎悪を抱いていたのだ。
 それは淡い青春の記憶だったが、結婚というリアルな言葉を聞いた時、
 男の中に「なぜ」という疑問が浮かんだ。
 なぜ 俺を選ばなかった。
 なぜ あんな奴と結婚した。
 なぜ。

     ☆

 僕は配膳係として家の手伝いをしていた。
 年に一回訪ねれば良い方の遠い親戚だったのだが、気立ての良い老夫婦の娘は本日の主役なもので、猫の手も借りたいらしい。
 遠い大学に進学していた僕の弟も、あと数分で到着する予定だ。
 もちろん、祝いの手伝いとして。
 数年ぶりの弟との再会。
 はは、僕はわかるのかな。
 当然、大きくなって、背丈だって僕を追い越してるだろうし。
 祭りもいよいよ盛り上がってきたとき、追加の酒を運んでいた僕は、 使われていない部屋の扉が少し開いていることに気づいた。
 そこは、数年前に逝ってしまわれた老夫婦の母親が昔寝ていた部屋で今は物置の筈ではなかったか。
 チラリと見て、ドキリとした。
 隙間から、真っ赤な何かがのぞいたのだ。
 血?
 まさかー……。 
 ポン、と、僕の肩に誰かの手が置かれた。
「へッ?! ……ユ、ユヅ?」
 久しぶり、という合図のように弟は僕の肩を、軽くポンポンと叩いた。
 僕ははつと思いついて、運ぶ筈だった酒を会場に持っていった。
 呆れるくらいの大騒ぎ。
 あの娘も、頬を染めながら笑っている。
 幸せそうに。
 と。
 奥様の顔色が悪いことに僕は気づいた。
 声をかけるより先に、だんな様が奥様の背中をさすった。
 さすが。
 ほっとする僕の耳に、
「大丈夫だ、気づいた奴はおらん」
 ひとつの単語が転がり込んできた。
「あとで裏山に持っていくべ」
「ぉお怖ろしい……」
「しっ、いいがら、わしに任せろ」
 例えば繋がった線が、何かの間違いなら、爆弾処理班は必要ないのだ。
 そんなことを考えているうちに、あれよあれよという間に僕は村の連中にひっぱられ、中央で一発芸をしろと言われる。
 着替え終わったのか、黒のタートルネックとオセロのようなエプロンでユヅルが笑いながら戸口に立っていた。
 皆が拍手をしながらはやしたてる。
 参ったな……。

     ☆

 と、いうユメを見た。

■ 2 ■

 強力粉の方が伸びがいいという。
 しかし、僕は断然薄力粉派だ。
 プロジェクター用のつるしに、平行に棒を二本、取り付ける。
 ほどよく水と練りこんだ薄力粉を、長い棒状にのばし、上下に平行して設置した棒に、ぐるぐると縦に巻きつける。
 そう、僕は手作りのそうめんを、音楽室で、作っている。
 長い箸はあこがれだった。
 これを、ぐるぐる巻かれたそうめんの、真ん中の空間に通し、横に広げるように伸ばしていく。そうすると、乾燥させつつ、ムラのない細いそうめんができあがるというわけだ。
 しかし、このそうめん作りに熱中しているのは僕だけのようで、友人たちはサイコロを消していく「サイ」と呼ばれるテレビゲームで遊んでいる。
 放課後の音楽室だ。
 何でもある。
 上下に移動する黒板も、椅子も、机も、調理器具も、テレビゲームも。
 翌日は遠足だった。
 学校の遠足は近場で味気ないが、ないよりはマシだ。
 僕は一通りの基本設置に満足し、まずは乾かしておくかと、そうめんセットをそのままに、学校をあとにした。

     ☆

 遠足中、そうめんのことはずいぶんと気がかりだった。
 先生方は、僕の破壊的な珍奇さを笑って許してくれる程度頭がこなれている。けれど、生徒会に目をつけられたらたまったものではない。
 たぶん、細くなる前に、棒ごと千切られるだろう。
 山の入り口にさしかかった。
 神社だ。
 秋口でもないのに、枯葉が落ちている。バスから降りてみてわかったことだけれど、それは枯葉ではなく、全て、ひからびた鯉の屍骸だった。
 踏みつけて鳥居をくぐると、パシャリと水音がした。
 そこは、巨大な湖だった。
 鯉が、泳いでいる。
 やはり退屈な遠足だ。
 要は、天然の釣堀にぼくらを連れてきただけということ。
 魚の死臭。
 釣竿をまるごと池に放り投げると、竿は沈んだ。
 池のほとりから少し離れた所に、細い用水路があり、しばらくそこで暇をつぶそうとしゃがむ。
 おせっかいにも、用水路ギリギリの太さの、ふぐのような鯉が話しかけてきた。
「よう、珍しいね。お客さんだ」
「ここの鯉たちは、えらく世代交代が早いんですね。足元が死体だらけだ」
「魚だけどな」
「失礼。屍骸でしたね」
「まぁゆっくりしていけや」
「あなたは……えぇと、世代交代しないのですか」
「するよ。もう育ってる」
「ふうん」
 毒でも食べていそうな目だ。
 そう、思った。
 それはおそらく、死に近い目だということなのだろう。
 話しているうちに鯉はひっくり返り、その下から、小さな稚魚が顔を出した。

     ☆

 帰ってくると音楽室はにぎわっていた。
 正確には、音楽室の廊下が。
 早くも生徒たちの注目のまとらしい。そうめんごこときに。おかしなひとたちだ。
 その人山の中から、一人の女生徒が声をかけてきた。
「あの、生徒会の人に見つかる前に、天井裏に隠したらどうですか」
「天井裏?」
 僕はそうめんを箸でのばしながら問いかける。
 その子が言うには、音楽室には天井裏に大きなスペースがあるらしい。
 というか、大体の建物がそうだろう。
 黒板近くの天井板が外れるのは、音楽室だけだということだった。
 椅子を組み、とりあえず外してもらった。
 結果、僕は頭から埃をたくさんかぶるハメになり、女の子の申し出は却下された。
 友人たちは、今度はバトルゲームに夢中のようだ。
 僕はそうめんをのばす。
 ある程度の太さになるまでに、更に一日を要した。
 程度って、ひやむぎ程度の太さで、長さが身長より少し短いくらいに、だ。僕は授業には出ず、そして授業には音楽室は使われなかった。

     ☆

「――失礼?」
 生徒会長とそのとりまきが音楽室に入ってきたとき、そうめんはやっと理想の長さになった。
 途中、二三本千切れたりしたけれど、初めてにしては上出来だ。
「校内でそうめんを作ることは、規則で禁じられているわけぢゃない」
 生徒会長が言った。
 僕は
「その通りです、会長」
 とこたえた。
「しかし、他の生徒たちの迷惑になることは、やめてほしい」
 めいわくだって?
 僕はひとつも迷惑をかけちゃいない。
 この学校には、僕の望みどおり、音楽の授業がないのだから。
 そうさ。
 これは、僕の夢だ。
 だから音楽の授業がないんだ。
 僕がなにしようと勝手だ。夢なんだからね。
 と、いうことをまくしたてようとしたけれど、もうそうめんは完成していたので僕は大人しく平行棒を取り外し、麺を好みの長さにちぎってまとめた。
 夢だと自覚してしまったらすぐに目が覚める。
 せめてその前にと、僕は黒髪の生徒会長にきいた。
「ねぇ、このそうめん。どんな食べ方がいいかな? ひと玉、要る?」
「……いらないよ、そんなの」

     ☆

 生徒会長は僕の耳にツンと声を残し、黒に消えた。
 反射的に目が開く。そこは見慣れた寝室の天井で、手に持っていたそうめんは、もうなかった。

■ 3 ■

 僕は死んだ。
 目が覚めたとき、僕は死んだ筈なのに、と密かに思った。

     ☆

 集中治療室の匂い。
 音をたてるエーカーゲー。
 「あぁ、これはダメだ」と眠るように死んだ筈なのに、ぼんやり見渡しながら、なぜ、僕は生きているんだ。
 立ち上がる。
 足は動く。
 けれど視界がどことなく霞んで見える。
 ガラリと病室の扉を開けると、椅子にうなだれて座っていた家族やいとこが、驚いたように僕を見て、そして涙を流した。
 現場検証はすぐに行われた。
 こういうのは時間が大事だ。
 幸い、足に負傷がなかったので、ぼんやりしたまま僕は現場に向かわされた。
 現場は、高速道路のサービスエリア内だった。
 死ぬと確信して眠る前、たしかに僕はこの駐車場を見ている。
 いとこに付き添われて建物に足を入れる。
 昔ながらのおみやげ屋さんといった具合だ。
 所狭しと土産用のお菓子が並べられ、壁の格子にはご当地ストラップがジャラジャラとぶらさがっている。
 食堂も兼用になっていたが、今は人は居ない。
 警察が遠ざけたのだ。
「犯人はこちらから進入してきました。間違いありませんか?」
「は……そ…です」
 口の中が乾いている。
 上手く喋ることができない。
 僕は仕方なく頷いた。何人かが――刑事さえも――眉をひそめる。
 そんなに悲惨な顔をしているのだろうか。
 弾丸は、僕に向かって3発出たように記憶している。
「あなたはここに立っていたのですか?」
 刑事は、丁度入り口から死角になるような場所に立った。
 とたんに思い出す。
 ここに立っていたのは僕じゃあない、イリイだ。
 そうだ、イリイはどうなったのだろう?
 見渡してみても、イリイの姿はそこにはなかった。
 病院からもう居なかった。
 僕は、……あいつが死ぬはず無い、健康体だから連れて来られなかったんだ……、首を力なくふった。
 ジェスチャーで、お菓子が平積みされている場所を差し、
「僕はあそこに立っていました、」
 と一応言ってみる。
 けれど口から出たのは息だけだった。
 刑事は理解したようで、頷き、犯人はもう逮捕され、あとは現場の状況を被害者からきくだけだと言われた。
 外はもう、夕闇に包まれている。
 あれから何日経ったのか、そういえば誰も言い出さない。
 窓に反射して、自分の顔が映る。
 それは醜くゆがんだ顔だった。
 弾丸の痕と思われる箇所が、左の頬と上顎についている。
 唇はすりきれている。
 唐突に
「6発も当たったのに、本当に生きていて良かった」
 と、いとこの女の子が泣き始めた。
 6発。
 体をすまして違和を確認できるのは、顔の2発と右わきの1発だけだった。
 あぁ、轟音が
 耳から離れない。
 あの時、気を失うようにして足からくずれ落ちた。
 最後の胸のうちは「これはダメだ」だった。
 イリイはどこに行ったんだ。
 あの場所なら、犯人に見つからずに逃げれたのに。
 残りの3発はどこに行ったんだ。
 イリイが居ないのはなぜだ。
 イリイは、
「さぁ、帰りましょう」
 家族が温かい羽織を僕にかけた。
 顔は泣きたくて歪んでいるのに、家族はその歪みを、弾丸のせいにした。

■ 4 ■

 僕達は電車を待っていた。
 空は夏のように青かったけれど、寒くて、僕は、何度も君の首にさがっているマフラーを巻きなおした。きついくらいに。
 いつもの駅だった。
 ただ、変わったことといえば、レールが敷いてある地面が、真っ白な石で埋め尽くされていることくらいだった。
 僕らは二人で買い物を楽しみ、家路へとつく途中だった。
 その電車に乗ったのは昼過ぎだったけれど、冬。電車を降りて駅から歩き始めるとすぐ夕方になった。
 暮れるのは早い。
 家が目前にせまった細い道の途中で、猫を拾った。
 赤い首輪が付いている、黒い猫だった。
 彼女が抱きかかえて立ち上がったところで、通りすがった男性が、
「可愛いね」
 と言った。
 黒猫のことなのか、彼女に可愛いと言ったのか、よくわからなかったけれど。
 彼女が猫をおずおずと差し出すと、男の手が、猫の頭をかるくなでた。
 その男は、僕と彼女が家に入るまで道からじっと見届けていた。
 玄関のドアを閉めると、彼女は
「目をつけられた」
 とつぶやいた。
 僕達の家は広くて、それでいて豪華で、そして清潔だった。
 つい10日前にできたばかりの、僕らの新居だった。
 玄関の隣には、僕が希望した実験植物用の温室がつけられていたし、彼女の希望通り、寝室だけは昔の部屋と同じ、こぢんまりとした小さなロフト付きの木の部屋だった。
 光があふれていた。
 キスをした。
 ふと、玄関の鍵がかかっていないことに気づく。
 不安になって何度もかけようとしたのに、ガチガチと音が鳴るだけだった。
「どうしよう」
 と僕が言うと、彼女は
「今夜はずっと起きていればいいじゃない」
 と笑って。
 けれど、結局一緒にベッドへもぐりこんだ。
 買い物で、疲れていたんだ。

     ☆

 ガシャっと何かが壊れる音。その次にガタガタと物音。
 壁を伝って、ボソボソと声が響いてきた。
 僕は目を閉じたまま、音源を探ろうとする。
 声の主は男で、その物音の様子から、拾った黒猫を追いかけている風だった。
 いや、違う。
 探しているんだ。
 寝室を。
 彼女を。
 ――さっきの。
「……まかせて」
 君は小声で、毛布からスルリと抜け出て「あなたは隠れていて」と言った。
「いや、警察を呼ぼう。見つかった時は、僕が出るよ」
 まだ男はここへたどり着いていなかった。
 彼女のこだわりが、なぜだか功を奏したようだった。
 あんな豪華なキッチンやお風呂場があるのに、この寝室の入り口だけは、みすぼらしい木のドアなのだ。
 まさかこんなところで寝てるとは思うまい。
 それでも君は、しきりに「まかせて」と言った。
 僕は「いやだ」とお願いした。
 どうか出ていかないで。
 力ではかなわないだろう。
 あの男に犯されたあげく、死なせてしまうような、そんな、予感がしていた。
「この一週間、すごく楽しかったよ」
 一週間前に、僕らは結婚した。
 まだまだこれから、たくさん、たくさん、君と。
 どうして体が動かないんだ! 待って、お願いだ。
 意識だけが覚醒している。
 笑う。ねぇ、やめて。冗談はやめてくれ。
 こんなの悪夢だ。
 ひどい。
 要らない。
 君は寝室のドアを開けー……。

     ☆

 その夢から覚めて、隣を見ると彼女が寝ていた。
 びっくりした。
 もう、死んでしまったのかと思った。

■ 5 ■

 中学2年の修学旅行は、R国だった。
 民族的な内装のレトロな蒸気機関車に乗り僕らは世界で一番高い一軒家や、自然あふれるR国の情景を楽しんだ。途中、5分停車するという駅で、こっそり駅売店のポテトを買おうと画策したが、先生に見つかりオジャンとなった。
 遊園地にも行ったが、遊んでばかりが修学旅行ではない。
 R国の研究機関だという建物を見学する。スーツを着た女性が中を案内してくれた。白い建物で、複雑に入り組み、廊下からは窓ガラスを通して各部屋の研究の様子が見える。何の研究をしているかは、ちょっと言えないようだった。
 と、ここで大きなホールに出た。
 しばらく待機という事だ。1人ずつ名前を呼ばれ、どこかへ消えていく。
 僕の名前が呼ばれた。
 1人で入ってくださいと言われ目の前の扉を開けると、なぜか暗闇だった。ふり返る。案内の女性は、どうぞと言いたげに手のひらをクイッと上にあげた。
 慎重に、そろそろ進んでいく……。

     ☆

 気がつくと、僕の目の前には両手を広げたくらいの大きさの、白い、四角いテーブルがあり、ぼんやりと光るその上に、いくつもの短いコードが散乱していた。
 テーブルの右側は壁だ。壁には穴が開いていて、コードが飛び出ている。テーブルの左側には黒く四角い機械がおいてあり、ここからもコードが飛び出している。
 バラバラの短いコードにはソケットがついていて、別のコードと繋ぐことができる。
 つまり、パズルゲームみたいなものか?
 と思い、なんとはなしに僕はコードを繋ぎ始めた。
 睨んだ通り、散乱したコードを繋いでいくと一本の線になってきた。黒い機械からはじまり、右の白い壁の穴へ消えて終わる。
 よし、これで全部だと、最後のコードを繋ぐ瞬間、隣りに案内の女性が来た。
 手をとめて女性を見上げると、女性はニッコリして手のひらを右へ向けた。
「このコードを全て繋いでしまうと、隣りの部屋で寝ている病気の老婆が死んでしまいます」
「えっ、」
 僕は繋ごうとしていた両手を見た。
「ただし、コードを繋がないとあなたが死んでしまいます」
「え?」
 僕は女性を見た。
「選んでください。カウント10」
「、え?!?」
 9、8、7、どんどんカウントが進む。
 殺人装置?
 病気の老婆?
 脳裏に、見えもしないのに、やせ細って白い病室で寝たきりの、白髪のおばあさんが。
「……2、1、0」
 あ。
 ダメだ。
 カウント早すぎて、親切心しか思い浮かばなかった。
 では、と女性は言い、僕は立ったまま、足からテープでぐるぐる巻きにされた。台車に「ひょい」と乗せられ(さすがR国。女性も力持ちだ)ゴトゴトと暗闇の中運ばれていく。
 えー…僕死んじゃうの。
 まぁいいか。
 いや、あんまりよくないけど。
 あ、いいんだけど。
 死ぬ事自体はいいんだけど、死ぬ瞬間に本能的な恐怖心が来て、身体がヒュッとなるのがいやなんだよね。なんでなんだか。アレさえなければ僕は、修学旅行になんか参加せずに、とっくに。
 気休めのつもりか、女性が
「私も一緒ですから。怖くないですよ」
 と言う。別に興味はない。
 目の前は崖らしかった。
 暗闇が、パックリと更に黒くなっている。
 あれここ室内じゃなかったっけ、いや、そんなことより心の準備が、なんて、ついに、崖のふちまで台車が進み、僕は台車ごと落ちた。フワッと身体が、内臓が浮き上がる感覚。
 あ、これは死んだ……。

     ☆

 ――目が覚める。研究者たちの後ろ姿。あれ、僕死んだんじゃなかったっけ。
 いつの間にかベッドに寝かされていて、起き上がるとだしぬけに
「これは実験です」と言われた。
 全部デジタル虚構。脳内で繰り広げられたシミュレーション。
 いつから夢なのかわからない程リアルだったなと感心する僕。
 特殊なデータがとれたと喜ぶ研究者たち。
 意味が分からない。
 ちょっとフラフラしながら、同じくサプライズ実験された同級生たちが待つホールへと戻る。
 皆、いくつかの丸いテーブルを囲んで座り、うつむいていた。
 案内の女性が近くに立っているあそこのテーブルに、笑いながら近づいた。道化、道化。ことさら明るく、
「いやー、僕死んじゃったよ、ははは」
「………」
「あれ? 同じ実験だったよね?」
「………」
 皆にどうしたのか聞いても、気まずそうに答えてくれない。
 案内の女性は黙って立っていたが、見かねたように小声で僕に告げた。
「何も抵抗しないで死んだのは、あなた1人だけでした」
「え?」
 純粋に、疑問に思う。
「え、なんで死ななかったの? え? いや、フツー死ぬよね?」
 聞くと、クラスの大半が即決で老婆を殺した。時間切れが僕含めて3人。しかし時間切れの2人も、カウントが終わった後テープが巻かれるのを全力で拒否し、抵抗し、無理にコードを繋ぎ、結局老婆を殺したのだという。つまり、
 僕以外、誰も死ななかったのだ。
 ……気分が悪くなり、僕はトイレと嘘をついてその場を立ち去った。
 足早に廊下を歩き続けていると、研究員が「君、君、」と追いかけてきた。なぜか喜んでいた、あの研究員だ。
「よければ、君にこのクスリをあげよう」
 手渡された小さな白い紙袋の中身は、よく知っている向精神薬で。
 ――僕のほうがおかしいとでもいうのか。
 あいつらは人殺しなんだぞ?
 なぜ僕のほうがおかしいのだ。
 人殺しだ。
 殺してやりたい。
 そうだ、僕も殺された。
 僕が死んで、助けた老婆を、殺されたんだ。
 僕は全員に殺された。
 殺してやりたい。
 殺してやりたいくらいに、今までだって。
 僕は。
 今までだってずっと殺されてきた。
 毎日、毎日。
 修学旅行なんて来たくなかった。
 だって、あいつら。
 あいつらは。
 全員、人殺しなんだぞ!
 ……皆の沈んだ青い顔。シミュレーションとはいえ人を殺した、その罪悪感に他ならなかった。僕は人じゃないから、いくらいじめても罪悪感すらなくて良かったね。はは、殺してやりたい。殺さないけど。
「君は、自分が希薄なんだね。まぁ、おかげで貴重なデータが取れたけれど」
 眉間にシワをよせて、黙ったまま睨む僕。
 オーバーに肩をすくめて立ち去った研究員。
 リノリウムに冒された明るすぎる廊下。
 反芻する。
 落ちた瞬間感じたのは恐怖心のつぎに、これで楽になれるという心からの安堵だった。