■ 31 ■


 ガベラレンテ


 君に
 この秋一番の枯葉をあげよう

 手折りの茎は もう誰も
 吸いついてはくれないんだよ


 薔薇も匂わないこの庭で
 人魚のように干からび

 そういう風に
 笑うから
 首からとれてしまうんだよ

 オルゴールの針をはじく

 さぁ
 こちら
 へおいで

■ 32 ■


 「またアタシのかわりに死んじまったねぇ」



  銀子さんが 呟く
  風鈴の音が 響く

  千年という名の金魚が死んだ

 「ギンコさんはクレオパトラみたいだ」



  カラカラと下駄があざ笑った

 「ギンコさんは」


  千の魚が 泡に
  決まって 夏が

  終わる

■ 33 ■


 君のただ一人の永遠になりたくて
 僕より早く死んでよと言った

 君は笑って
 私より早く死んでよと言った

 あなたが死んだあとも持ち続ける気持で
 あなたは私のただ一人の永遠になれるわ

 僕らは一緒には死ねないだろう
 僕が死んだら
 すばやく
 永遠を君から取り上げたい
 早く新しいひとを見つけて

 君は笑っている

 不幸な千年なんかより
 幸福な一瞬をあげるから

 君はまだ 笑っている

■ 34 ■


 緑色の 教室の沼で
 橙色の 窓辺を背に
 制服を脱いで君は立っていた

 漆黒の 服はゆれて
 赤色の 線をおとし

 僕はじゃぶじゃぶと走りその 可憐な無表情によく触れたいと願った。


 緑青の 教室の沼で
 灰色の 包丁を手に
 忘れられたまま君は立っていた

 闇色の 髪はゆれて
 鈍色の 瞳をおとし

 僕はじゃぶじゃぶと走りこの 閉鎖された世界観を壊したいと願った。


 透明な クチビルで
 悪夢は 繰り返して
 真白い手をそらして君は立っていた

 緑色の 教室で
 橙色の 窓辺を背にして

 僕にできることなんて何もなかった
 だから抱きしめて 緩慢に できるかりぎり無表情で殺そうと 思った。

■ 35 ■


 君はぐずって

 ぼくはしんぢゃいない

 と
 ゆれる  奥の部屋から
 名もない二文字がやってきて

 親指が腐ってゆく


 君は
  ぐずって千年の眠りから覚めた
 あとに
 ゆれる ナイフから

 恐怖と眠リを取り戻したい

■ 36 ■


 明確に縦線を引くと、君は右に2.5センチメイトルほどズレている。

 なんだ、親指がないんだ。

■ 37 ■


 もし 夜が明けるなら

 あなたの全てを知ってからが いい

 朝になって絶望するのさ

 僕は
   なにひとつあなたを
 
 知らなかったんだ ってね

■ 38 ■


 変形した親指は、もう元に戻らない。そう医者が言った。医者が言ったならそれはすべからくそうなのだ。
 しかし世の中には奇跡というものがすくなからずあると私は信じている。だから、ひょんな拍子に元に戻ったり、誰かのおまじないで治ったり、最後の葉っぱが落ちても死ななかったりするんじゃないかと思う。だって、奇跡じゃなきゃ医者はただの嘘吐きになってしまうもの。
 私がこの春に失った可能性はいくつもあった。
 それは毎日のように失われ、それを気づけないことも多々あるけれど、私は今日失ったものを、毎日緑色の手帳に書きとめていた。
 手帳はスケッチブックの形をしていて、気に入っていた。見つけてすぐに買い求めた、あの店の名前はなんだっけ。なんてー…、失われるものは、たいてい言葉に表せないものばかりだった。音だったり、言葉だったり、色だったり景色だったり、不明瞭な朝見た夢だったりした。
 母が、エイプリルフールに死んだ。
 私は何の冗談かと思ったけれど、医者が嘘をついているのだとも思ったけれど、ここで必ず奇跡が起きると信じたけれど、何も起こらなかった。
 それこそが嘘だった。
 世界はいつでもまぶしいし、鮮やかで奇跡に満ち溢れているものだと私は思っている。
 一日だけ暗い冗談を交わした春色のカレンダーを切って、手帳の最後に貼ったとき、のりが冗談みたいにトロリとおちた。

■ 39 ■


 あなたが首もとから息を 吐くと

 手のひらの思想が
 音を
 たてて
 ゆれる

 千年後の 夜に濡れた甲板で
 のぞきこんだうなじが

 海に漂う 倒れた恋を
 懸命になぐさめている

 身投げした花

 踊っている夢

 白い手すりに
 月光を
 重ね

 汽笛は遠い

 あなたの目じりから潮が 香る

■ 40 ■


 暑苦しい実験室の奥
 円柱硝子に彩られた
 女王の標本がある

 千年前の戦いで
 操られ
 殺された
 千年王の妻その人である

 防腐剤の澱みが少し
 固まって
 キラリと


 反射して


 やまない


 ナイフを
            美しい

     ボクハホントウニトキヲコエラレルノカ?
         ホントウニセンネンマエノアナタニアエルノカ?