■ 31 ■


 光と同棲する時期、口元を代償的行為に、見て、あい、と開いた、ドッキングする二つの月の、下弦からおちる美しい水、落ちた満月から、見て、花びらが浮かぶ、増殖しはじめる、焦げた肉体、球形の温度、低下する、虹彩の広さ、帳が落ちる、劇場のはしから、照らされた男が歩き、シルクの、黒い鳩を飛ばす、星になり、蝙蝠の絶叫を見て、引き裂かれた羽が雨になり、髪の毛に、色を塗る、熟練した職人芸、鼻のすじをすべり、上弦から、含んで、

「見て、わたしの目を見て、ようやく回って、」


 8

 ひとりだけ嘘をついています。
 まずは天気予報をご覧ください。


 ▲ ▲ ▲ ▲ ▲
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 ち り を つ む


(かさをさしている人間が五人、そのうちの一人だけが嘘をついている、私に知らされた嘘の内容は、カルカンカ・カルンカを出しなさいということだった、カルカンカ・カルンカ? 何だそれは? 音、か? 靴音、か、誰か一人だけが女性だということか、もしそうだとしたら、む、だろう、なぜなら、む、だけが、白いハンカチーフを取り出しているから、だから、だから、だから……それが? カルカンカ・カルンカになるのか?)


「見て、わたしの目を見て、どうして口を見るの、」

「どうしてくちをみるの、」


 雨の記憶、
 重なり合って、
 はじと
 はじが
 結ばれて、

 飛ぶ、鳩、

 に、

■ 32 ■


 リービッヒ冷却器
 しもる フォルム
 水を通し ふさぐ
 浮く 細い通り道
 熱せられた 蒸気
 逃げてゆく 気泡
 た おれるように
 しもり た おれ
 るように しもり
 おち 幾何学模様
 水と結婚した硝子
 雨と変化する硝子
 踊るよう 奥から
 それもやや小さい
 通り道を 見守る
 フォルム しもる
 透明水リービッヒ
 くちびるを 少し
 開く あめになる
 た おれるように
 あめになり おれ
 るように たおれ
 おち 脆弱結晶体
 ひとさしゆびでは
 触ってはいけない

■ 33 ■


 ア ひはら おひへイっは
 ほんほう ハ へはらハっは

 にょきにょきと雨後の竹の子のように出てくるんです!
 ア
   ひはら
 その足は長靴を履いていましたね?
 菊の花弁を吐き出しながら 鬼が来る
      おひヘ
 あらーこの手の感覚! 背中押したらザカゴコココ……  ゴ.
 本当は
     ハ ハハハ!
 あのさ? ファイト一発的な? うんアレね?
 あんな状況になるってね?
 やべーこれ手ェ放したらどうなるんだって話でね?
       手からだった

 次の年のことですよ!
 にょきにょきと雨後の竹の子のように出てくるんです!
 おひへイっは ***ふぁ!
 ア
     ハ ハハハ!

(と に角田舎のことですから、なんやかんやで一応の生活が成り立っている人間を、精神病院に放り込むなんてことは人道的に噂されるものですから、その切った手 を、いえ、手じゃないんですよそれ、足? いや、足でもなくてそれは筍なんですがね、そりゃあもう新鮮でこう、シャキシャキっとしていて、うん、あれは美味い)

■ 34 ■


 耳の裏
 から
 取り出された

 あなたの
 花
 のような ○u−○i

 短い
 言葉を
 かさね あつめ
 それら を
 詩
 と
 呼 ぶの

 波 打つ
 きわ
 ○u−○iのように
 底に
 凍みて
 倒れてゆく

 わたしの
 満足
 するような
 色には なら ないのね

 ○u−○iと いう
 息
 の動き
 で
 すべてを
 伝えようなんて
 飾り布
 が
 足りないわ
 あなたの ○u−○iみたいに

 間違った
 羽の
 使いかたで

 鐘を
 鳴らす
 ○u−○iの ように

 はなれた
 言葉
 かき
 集め
 それら を 詩と 呼ぶの

 あぁ
 ○u−○iの上から
 こぼれてった
 痺
 れる
 あの
 蜘蛛みたいに
 長
 い
 糸で
 紡がれ た
 物語を見せてよ

 複雑な意味なんて破って
 ちゃんと
 終
 わらせ
 て
 みせてよ
 ○u−○iの
 動き
 唇
 端を
 吊りあげてみせて


 あなたの花
 のような月
 海のように
 底に凍みて

 好きという
 息の動きで

 全てを伝え
 ようなんて

 あなたの罪
 みたいに
 鐘を鳴らす
 国のように

 離れた言葉
 かき集め

 それらを
 詩と呼ぶの

 あぁ 文の上からこぼれてった
 痺れるあの蜘蛛みたいに
 長い糸で
 紡がれた
 あなたの
 舌が
 甘いの


 わかっていて
 目を見られない
 と
 わかっている
 声も聞こえない
 と
 わたしの満足するような
 色にはならない
 と

 耳の裏に湿らせた
 ○u−○i−雨季−がやってくるように
 あなたの花
 嘘みたいに
 ○u−○i−隙間−を埋めてみせてよ
 散り落ち
 凍みる甘い言葉で

■ 35 ■


 あられもなく髪をひきちぎって踏まれ産まれ咬まれて水を飲み欲して
 どこからどこまで清浄なのかと切られ離れあられもなく縁を覗いている

 懐かしい、おまえの話をしよう。
 かすれ、埃が貼り付いてきしむ白く
 濁った硝子窓を
 古びた獣の皮から作ったチュニックで、
 息をすこし映しこみ、ゆっくりと撫でる。

 まずもってよく虐待したものです
  あられもなく振り乱して叫んで泣いて
 それから
 どこからどこまでが正常なのかと
  ひび割れたものの価値を探っている

   おぎゃあ
   らんちゅう
  ふくれた腹
   液体が広がる畳の日焼け蝉の焼ける声

  おお、おぎゃあおぎゃあ。

 たまに便所に逃げ込み鍵をかけいたずらに言ってみたものです
 他人



  いやだぁやだやだやだやだ
  いたいひいぃぃやめてやだやめておかあ

 染みがついたねえ。よく、つけていたね。
 這いずって、あの窓の手前にかけられた
 レースのカーテンの「ひだ」に。
 父親に、
 気付いてほしかった印しも、今では
 まだらに腐食してぎいとも言わないものさ。


 感情だけが追いつかずに肉は切り離され別物になった証拠に
 他人
 それから
 他人
 言葉を飲み欲してあられもなく内側から腐ってゆく性情


 霧雨のようなおまえの涙の話だったが、撫でてゆくばかりで、どこにも、止まろうとしない
 風のように当たりもせずに、死にもせずに、ただ消え去ってこのまま、あられもなく。

■ 36 ■


 掠れた琥珀色の煙草から漂う
 いつの雨も滴るユニットバス
 から

 何を言っているの?
(蟲が出てくるんだ蟲が出てくるんだ蟲が出てくるんだ蟲が出てくるんだほらほらあんなに沢山)
 ねぇ
 何を言っているの?
(這ってくるんだ這ってくるんだ這ってくるんだいやだいやだいやだ来ないで来ないでカラダに)

 つかれているのね

 なぞる蜂蜜色のカップから漂う
 唇からしたたるローズマリー
 にも

 何を言っているの?
(蟲が出てくるんだ蟲が出てくるんだ蟲が出てくるんだ蟲が出てくるんだほらほらあんなに沢山)
 ねぇ
 何を言っているの?
(這ってくるんだ這ってくるんだ這ってくるんだいやだいやだいやだ来ないで来ないでカラダに)

 ねぇ
(いやいやいやいやいやいや)


 もう沢山!
 もう沢山なのよ! アンタの面倒なんて誰もみたくないのよ!
 アンタなんか喰われちまえばいいのさ!
 ぐちゃぐちゃに
 咬まれて
(キシキシキシキシキシキシ)
 熟れて
(ジキジキジキジキジキジキ)
 何を言ってるの!
 もう何なの!
(いやいやいやいやいやいや)

 もう沢山なの!

 沢山なのよ……


 明日、雨が降ります。あさっては、曇りです。その次の日は、晴れです。そこから先は、もうなにも見えません。いつか、虹を見てみたい。また、きれえな虹です。そして、雨が降ります。また、雨が降ります。きのう、曇りです。おととい、雨が降ります。そのまえは、晴れです。そこからまえは、もうなにも見えません。いつか、虹を見ました。そう、きれえな虹です。そして、雨が降ります。それは今日です。煙草をください。甘い。
 甘い。
 降る。

 見えません。

 彼女は、どこに。
 雨は。

 蟲が。

 出てくる。出てくる。蟲が出てくる。蟲が出てくる。たくさんくる。たくさん、這ってくる。這って、のぼってくる。身体に。かさかさと音をたてて、喰われていく。きしきしと音をたてて。肌がちいさく区切られていく。つぷつぷと音をたてて。咬まれる。じきじきと音をたてて熟れる。腐っていく。雨に、くずれて、降る。植え付けられたタマゴから、再生する。蟲が。白い、蟲が出てくる。たくさん、たくさんたくさんたくさんあ。

 あ、あ。
 あ。

■ 37 ■


 あの 白い  肌の裏側には
 飛び 立つ
        2月の鳥

 そして
 ひとつ雫を落とした午前に 枯れ葉の色が決まると
 きみの
 ひとつコホリと咳をした椅子に 雨がさらさらと降りつむ

 あぁ
 レースのカーテンに円を描く押し花
 訪問の着物をどれにしようか迷う手よ

 カハリ ハ ラリ ハ 落ちていく 糸
 手拍子叩く夢遊病の婦人
 カハリ ハ ラリ ハ 溶けていく 蜜
 寝室の扉を開ければ

  すすき野原の雲よ
  高く遠く雁を迎えよう
  頭を垂れる柿の
  熟れゆく様を見届け終えると


 カハリ ハ ラリ ハ 落ちていく 種
 啄む濡れ羽色の死神達
 カハリ ハ ラリ ハ 落ちていく 空
 寝たきりの窓を見上げれば

 あの 白い  肌の裏側には
 飛び 立つ
        2月の鳥

 そして
 ひとつ雫を落とした午前に 枯れ葉の色が決まると
 きみの
 ひとつコホリと咳をした椅子に 雨がさらさらと降りつむ

 いつか
 皺を刻んだ古いノオトから 記憶の欠片飛び立つ
 ふゆが
 寝室を染めてしまう前に あの鳥を 逃がそう

■ 38 ■


 試験管へ落としいれる劇薬にも似た雨の粒子。
 期待していた
 ポト、などという音は
 いくら耳を澄ましても響くわけもなく、ッタ、ッタ、とスポイトから抜け出ていく速度。1秒後。

 ビニール製の手術用手袋。
 指紋の感触を大事にする同僚は、エタノール消毒に頼り切る。

 扱う。
 丁寧ではない、
 丁寧というよりも常に一定の冷静を保つことを心掛ける、脳の電気がいつも同じ場所を通るようにと。

 黒のゴム栓を切らしている。
 仕方なく古いゴム栓を紙箱から取り出す。
 年配の女性が使う口紅の色のようなそれを試験管に押し込む。
 キュウ、という音をまた期待してしまう。

 いくら耳を澄ましても
 響くわけはなかった。
 聴力は良い方だと自負している同僚ですら、そう、聞こえることはないという。

 舌で。
 乾いた下唇に、ゆっくりと水分を含ませる。


 静まり返った雨の果てには冷えた、透明な静寂こそが相応しい。

■ 39 ■


 粒子、で、ありました、

 ザツカ、バランに耐える、良識、
 眼球へ、
 差し込む青い光という、ヒカシ、イ、テケ、セ、


  寿司、って言います。
  ねぇ、何年前から知ってたの、って聞きます。
  5億年前くらいかな、って言われます。
  雨尻、って触ります。


 カント、で、咲きました、

 残花、葉蘭を入れる、箱式、
 眼底へ、
 刺し込む悲愛香りすぎて、タシカ、ネ、スキ、テ、

 粒子、で、ありました、

 水薬、
 珈琲には、砂糖、ミルク、クリープ、スプーン、

 蒸留式、
 カップ、
 エントランス、お辞儀をする老婆、

 あつかましい、日射し、
 暑過ぎる、社内、
 コピーし忘れた、山田、

 寿司、どう、
 って、
 言います、係長、眼鏡忘れてます、

■ 40 ■


 雨のおこりはいつも
 硝子いちまい向うの室内にて
 季節のおわりはいつも
 室外が多いようにおもわれる

 沈む


 糸は


  冬
「――あれは雁だよ。鳴き声をきけばわかる、聞いてごらん。ほら、」
 次の沈黙で季節の終わりを知る。雁は、鳴き声をもらさずに川向うへ消えていく。
 雲の動きでしか風を感じられない、頭がどうかしているほどの重装備の中で、雁の声など到底耳に入るわけはなかった。


  春
 花の死骸を大量に拾ってくる猫。丁寧に並べられた、薄っぺらい茶色で季節の終わりを知る。
 タイルに落ちるまだらの光、玄関先に以前からあるすずかけの木を通した光沢感、汗の出し方を忘れてしまった。
「蝉が鳴きはじめたね。聞いてごらん、ほら。まだ、種類はわからないけれど」


  夏
 積んだ団子で季節の終わりを知る。窓辺の籠にはちいさな葡萄と栗と林檎、模造品の軽さ。
「聞いてごらん。ほら、コオロギが鳴いているよ。あれ、マツムシだったっけ」
 おそらくはスズムシ、遠くの敷地に続く土手の一部でスズムシの放虫実験が行われている、虫の声を拾っては放棄した。


  秋
 一斉に落ちた銀杏、一斉に落ちた黄色、一斉に点いたイルミネーションで季節の終りを知る。
 存在を主張する一等星がまたたく、またたきながら流れるヘリコプターの赤星、流れ星を気取る夜間旅立つ飛行機。
「悲鳴をあげているよ。星は、いつも、遠すぎるけれど、ほら、聞いてごらん」


 耳を

 塞ぐ


 美しい映像はいつも
 室外が多いようにおもわれて
 声のおこりはいつも
 カーテンいちまい向こうの室内にて


 遠く


 糸


「あなたがいつもここを通ってくださった×××さん? 娘が楽しそうに話していました。えぇ、母親です。このたびは本当にお世話になりまして……今まで娘を元気づけていただいて、ありがとうございました。もうすぐ×××さんが来てくれるから行かない、なんて、処置室に行きたがらない日もありましたし……。いえ、そんなつもりは×××さんにはなかったのかも知れません。でも、娘は、たしかに……、生きて、いました。今まで、本当、に、……っ。えぇ、娘は旅立ちました。きっと次にここを通るときには、別な患者が居ることと思います。今日、お会いできて良かったわ。……これもきっと娘が逢わせてくれたのでしょう。娘が×××さんにお礼を言いたいと、意識がなくなる直前に言っていたものですから……」


  冬
 母親の言葉で雨の終わりを知る。窓の上からもう降ることもない、甲高い思い出。
 病院の敷地は近道だった。ただそれだけだったのに、唐突に、沈黙を見上げ、季節の終りを知る。
『聞いてごらん、ほら』


 二度と聞こえない。