■ 11 ■
牡丹は散る 美しく ホロリ トサリ
あなたが殺した幾千万の生物を
その時のまま停止したくてこの機関を作りました
あなたのその悲しんでいる心や
あなたのその笑っている心や
あなたが
殺した幾千万の人間の時を
そのまま停止したくてこの機関を作りました
永遠に散るという言葉を 略して
山茶花は散る 汚く バラリ フラリ
幾千万ノ時ヲ止メルえゐちる機関デス
ゴ用命ノ方ハ以下ノ電報板マデ
****(82)****
■ 12 ■ 心憧複写機 ■
埃をかぶった硝子製の複写機
室内の無音を破らぬように
壜から油布を取り出した
夕闇滲みる複写機の手前には
古びた時代のタイプライターが
打ち込まれるのを待っている
オトトイ ノ アシ゛サイ
ハ゛ステイ ゴゴ ノ アリ
セキウン フウリヨク ゼロ
ヤマバト ロツカイハン テ゛ ナキヤム
専用の青い硝子板を後ろに置き
真横の舵を慎重に回す
右のレバーを下へ押した一瞬
悲鳴のように削れた硝子の粉が降る
これから先の青い埃
心の底にいつからか鎮座する心像を
失う 夜がはじまる前に
焼却炉へ向かう
■ 13 ■ 感情論 ■
■ メビウスリング 第26回 メビリン詩人大賞 優秀詩人賞作品 ■
次に冷静を奪った
叫びだす声が美しい
テエプで貼付け
目次はまた 一行増えた
君は影が二次元だと知って居るか
あれは
この世に存在し得る
曳き剥がせない感情
そして激昂を 奪う
すすり泣く水も透き光る
クリップで仮留め
来客のために 薬缶を下げた
ああ、もう一寸掛かるという処さ。
ご覧、
影は、
振れ動くインクさえも
嘗めて……。
怠惰を奪い
メトロノウムが浸みた
奪い 奪い
つひ 人形と成ってしまつた
燐寸で結紐を焼き
朱の鉛筆を 斜めに付ける
椅子は倒れ
動かない
君はこの論文が不義だと知っているね
これで
世に存在する
全ての感情を獲ても
最後に 冷徹を奪って
影は揺れて
ナイフで以って
僕を 影を
手は 触れた手は なんてことだろう
■ 14 ■
浸けられている
彼らは旅人
または鳥
紫蘇の色をした液体は万有を保存し
硝子の色をした眼球は
見透かれている
僕らは腐り人
または
空気に冒されたAの銀魚
紫蘇の色をした口唇は
痙攣している
浸けて
濡れている中指をつけて
硝子にいれて
しずかに
鳥にして
名前は静止室
または果ての分室とも呼ばれ
万有を保存し
硝子に浸けた紫色の鳥は
規則正しく右から
透明になる
■ 15 ■
「……これは?」
「年をとった鯨です」
「…これは?」
「…海外の奇形種です」
「これは?」
「……花弁です。……桜の」
ぼくはもう、「これは?」としか言えない機械のようで、
ひるがえる白衣の裾に足を追いつかせながら、
静止室へむかう通路の戸棚を見つづけた。
すべてが硝子瓶につめられた無言の標本で、
これから入る扉の向こうにはどんな標本が待っているのか、
後ろめたい好奇心はふくらむばかりの靴音に。
人影のない白い建物に毎日出勤し、
物音ひとつしない白い個室で楽しくもない液体を精製し、
ついに昇格したので感動もひとしおだった。
けれど、
静止室の音が、
弱まる哺乳類の心音、
弱まる鳥類の心音、弱まるハ虫類の、魚類の、あ、あ、弱まる、
つい、静止する。
夢中になっている間にどうしたことか、
ぼくの手首は縛られ足首には枷がはめられ、
胸に飾られたエーカーゲー。
どういう、え、
なにかを注射され、
どうして、
しょうかくは、
ねむ、い、
まわる、
あ、 あ、 よわ ま、 る。
おと、 が。
そんな、
あ。
「こ、れ、 は?」
「……永遠です。おやすみなさい」
■ 16 ■
昨日は揺り籠の中で空を見上げ
明日は棺桶にて微睡の底へ逝く
鳥も
草木も
泣くフリをしては
高く飛び
または枯れ落ちて
今日(という思想//SISOU//)は何処へ零時の鐘
鳴る
鍵
亡くす音
静止室
無垢の果て
硝子壜
「あ ふれていく」
指を絡めて詰め込む欠片たち(あれは紫蘇//SISO*//)
何故かも解らずに 無機質の戸棚へ仕舞う
昨日は揺り籠だった人形は古い綿に包み
可否も知らせずに
火をつけ道ばたに捨ておく
または
朽ちて咲くまで
目隠しを
――旅人よ!
(あの異装//*ISOU//)
「外套は羽根のように軽く、風をみてひるがえす陽炎
足音は影を追うように遠のいていきました……」
明日使用
予定である
棺桶をなぞる指
に降る
弔いの声色が
染み込みもせずに今日を終える
■ 17 ■ 恐水症の詩人 ■
■ メビウスリング 第32回 メビリン詩人大賞 優秀詩人賞作品 ■
おそれ
下すもの
嚥下ものぞまないヒ/ビ
(あるいは)
きらい
遊ばすもの/~遊ばすきらいがある
さくじつを噛む
垂れしきり
おののく
(あるいは、痒む。)
おそれ
おのれだ
梓/shi~)に上がり
唖がるのも恐れだした
(あるいは
シ、
(咽から噛むのが良い。)
おそれ
下しきるあとは
明日にぬぐわぬか/~きらいを背に
おののく
(あるいは、ヒ/)
■ 18 ■
午前5時 四角い部屋へ出勤
試験管の中の稲子は静止しており
眺めながら朝食は珈琲と板チョコを齧ればいいだろうと考える
午前6時過ぎ 遠くの寺の鐘が聞こえ
試験管の中の稲子は変わらず
この1時間を無駄にぼんやりし また
稲子を見て万年筆を持ち
おそらく今日の業務自体は勤務時間内に終わるだろうと予測する
午前7時15分 予定されている時刻 朝食の
稲子の前で珈琲を飲み 稲子の前で板チョコを割る
溶けた黒い風味が舌の横を過ぎ
苦みに満足する
少し仮眠
午前8時―午後5時 業務
午後5時15分 四角い部屋の鍵を取り出す
試験管の中の稲子が静止している事を再度確認し
扉の外側から 鍵をかける
午後6時過ぎ 下宿に帰宅
押入れの中の稲子たちを確認し また
机の上の試験管も確認する
静止している稲子に 硝子の埃は日曜日の夕方までに掃おうと約束する
心の中で
午後9時15分 予定されている就寝
横になって机の稲子を眺めていると多幸感がおしよせてくる
そのまま 息を深く吐き
一人きりで今日と明日の境界を超える
置き去りにして
■ 19 ■
真夜中のガラスに指紋をなすりつけ 青年は 扉を閉めた
街の名前は白夜光
憂鬱な足取り 眉間のホクロ 白い ワイシャツからのぞく
首筋に巻きつく痣
薬剤の後遺症
手首の傷
久々の月光浴にふるえる草を踏みつけ 青年は 湖を見た
湖の名前は静止室
水面は硝子 温度は零度 罪は 最初から存在しない
葬儀を待ちわびた理由は刻み 潰し 液状にして
胸の中に鍵をかけ 熟成させた芳香を 薔薇色に
うつくしい液体に首をなすりつけ 青年は 息を吐いた
波紋は点描 指は痙攣 しずかに深く 目を閉じる
夢の名前は硝子葬
幾度となく敗北をくりかえしようやく 青年は 咲いた
■ 20 ■
紫蘇色に腫れあがった頬を寒い夜が伝う
簡単に言いましょう 可哀想に