■ 41 ■ 境界特急 ■
■ QBOOKS 第159回詩人バトル チャンピオン作品 ■
オレンジがさねの枕木と蛇腹の石ころどこまでも、
見えるほどもない星の実を菓子にはさんで爪弾いている。
黒い草たちは宗教のようにぴうぴう吹いてはお辞儀する、
唐傘がさねの歯車が、くるくる吐いては散らすような、
冷え切る。
そら、ヒトツ鳥。
ムラサキ色の。 藤棚。
パンタグラフが散らす火と編まれる電線どこまでも、
とうに鳴らない遮断機をこえて飛び入る虫が、足を振りあげて、
轢かれる。
そら、シマキ月。
アイサビ色の。 寝台。
明日を抱えたらいいじゃないか夜に、視線をこぼし、かけ、
慈雨に撃たれたらいいじゃないか朝を、電燈機が告げる前に、
春に、
別れを落ちて。わずかな羽根を、食み。散る様は。
■ 42 ■
雪が降り積もる午後七時
洋菓子店の扉を開けた
ビターチョコレイトのような 四角い扉
店内は落ち着いた光に包まれていて
壁紙はクリーム色で
ショウケースには甘い幸せがあふれている
昔 いつだったか
「これ美味しいわ!」
と 嬉しそうに食べていたケーキを君用に
昔 いつだったか
「本当に美味しそうに食べるわね」
と 微笑んで言われたケーキを僕用に
お釣りをもらい 外へ出ると
街燈が 正しい道を照らしだしていた
四角い幸せを持って
早く帰ろう
家へ
君の待つ 家へ
■ 43 ■
朔日の夜
続く灯篭
道を彩る彼岸花たち
今宵の神様
迎えに行くと
白い袴の青年ひとり
細く のびる 髪を照らして い る
淡く かげる 襟首から
香る 塩の風
帳が落ちてから
明日の陽がのぼるまで
祭りの太鼓と笛
絶える事無く響く
恥ずかしそうに伏せて
神様と腕を組み
青年は神域から
戻り神輿へ
担ぐ男たち
村の若者
炎と汗がはじけて揺れる
輝く飾り
ろうろうと
星屑の 金貨の よ う に
風が吹く
青年の
横をひそかに通る
あの向こうの商店の幼馴染が
太鼓鳴らし着く場所
いつもの町の広場
出店と提灯とライトまばゆく光る
やぐらの上に座り
踊る顔見知りたち
青年の大きな耳に神がささやく
なんと楽しい祭り
なんと楽しい祭り
青年が見上げる空に月が生まれる
■ 44 ■
真夜中の
冷蔵庫の音とか
妖精が隠した
月の宝石箱も
いまは暗い道に
散る花びらと
街角に眠る
ひとりぽっちのコスモスも
あたし
結構
好きだったりする
■ 45 ■
静かの海の 浜に立つ
暗礁の気配 渡り鳥の羽音
新月
星はすべて死にました
故郷のあの星も
名前を知らないあの星も
光をつくっていたもの全てがもう
ここは
ずっと夜です
重力
目の前が
真っ暗です
疲れ果てた手の指先を伸ばし
希望という
心の光ももう 消してしまいましょう
あとには海と 鳥だけが残り
沈むように
倒れるように
永遠の夜に
眠ってしまいましょう
■ 46 ■ the Zodiac Letter. ■
くるりとした彼の角。黄金色の
艶やかな毛並みは、夜明けの紫色によく似合う
雄大な海を渡る彼の背中に、幸運の女神は
不安そうな瞳で、しかし光に向かって泳ぐ
二つの星には二つの彼等。女神は彼等に
「平等」という名の、平安を与えてはくれなかった
干潮の浅瀬に、彼の巨体が在る。その鋏で
断ち切るのは、陸と海を隔てる灯台の明かり
その光に導かれる瞳の中には、獲物を狙う
闘志とともに、彼女を気遣う優しさも含まれている
不知火の中に居る乙女よ。汝の
願うコトは何か、片手をあげて星に応えよ
公正に判断をきするため、彼女は黄金の
天秤を手に持つ。最期の審判は女神の羽根とともに
生を司る赤に萌ゆる小さな体。死を司る
尾に流るる毒の結晶、どちらを選ぶかは彼しだい
彼の射る天空の星を一目見ようと、彼の
背中には透明な女神が見え隠れしている
水の中を優雅に泳ぐ彼。傍らには
彼を光の世界へと導くために女神が手をそえている
女神は美しい装飾のなされた瓶を手に取り
星々の反射する湖の中に幸運を投げこむ
水の中には一筋の光。彼と彼等の群れは
届くハズのない光に向かって永遠を泳ぎ続ける
12の彼と彼女と星と光のもとへ
■ 47 ■
したりと跳ねる
雨の粒
夢見る乙女の
頬濡らし
白魚になれず
泣きそぼる
花弁と海松枝(みえるえだ)
春の夜に
老木と交じる
月光は
から寝言にて
紡がれて
樹青磁(きせじ)の絹糸
導くは
烈火のごとし
花吹雪
星の間(あわい)を
散り埋めて
白兎(はくと)になれず
泣きそぼる
月の乙女の
胸元へ
耽る艶髪(つやかみ)路地の裏
夢の瞳をつむり往く
雨に打たれし死体から
熨斗目花色(のしめはないろ)の粒が落つ
■ 48 ■
星降る音の
真夏の街角
ストリートの ピアノのマンと
ヴァイオリンの ピアスの女子と
二つの音の
賑わう街角
シルクハットの 手品の師匠と
大道芸の からくりピエロと
観客おどろく
暑い街角
さあさあ今宵は
どこまで行くのか
コントラバスも 飛び出した
大道芸は 四人に増えた
どこまでも飲める
八月の空は
お会計など お気になさらず
ほらもう月も 墜ちて来ている
■ 49 ■
午前三時レコードの針が静かに街へと降り注ぐ
軒先で脱いだコートをほろうと
肘さきから春が蒸れた
道路をはさんだ紫色のスナックネオン
ときおり乗用車が半音低くして過ぎる
タイヤにさらわれた細い反射光が
まるで
ラジオのノイズのように
「 き」だけ耳に
彼女の唇
どうしようもなく恋でした 恋でした
妻子が眠りゆびひく雨を
間違いなど 一つもおかしていないのに
眺めていた道路の向こうがわでは
彼女の傘が鈍色と沈み遠く遠くへいたたまれる
ガードレールの切れ目に街路樹が泣きそぼり
淡いタイトルを吹き消して 針とレコードを割った
■ 50 ■ おつきさまのパン屋さん ■
■ メビウスリング メビ詩人会 2015年3月勉強会 最優秀賞作品 ■
かぬま君は、いつも、お母さんと一緒に眠ります。
今夜もかぬま君は、お母さんと一緒のふとんに入りました。
けれど、その日にかぎってかぬま君は、
夜中に、
目がさめてしまったのです。
かぬま君は、横を見ました。
となりには、お母さんが眠っています。
かぬま君は思いました。
あーあ、目がさめちゃったなぁ。
テレビもないし、本も読めないし、お母さんとお話もできないなぁ。
どうしよう。
すると、窓のそとから、なにか、きこえました。
カラ――ン カラ――ン
おつきさまの――パン屋さんですよ―
カラ――ン カラ――ン
おつきさまの――パン屋さんですよ―
かぬま君は、そうっとカーテンを開けてみました。
すると、三日月のかたちをしたお月さまが、道を歩いていました。
ゆっくり、ゆっくり、近づいてきます。
お月さまは平たいお盆に、ほかほかのパンを乗せていました。
おいしそうな匂いが、かぬま君のところまで、フワフワやってきました。
カラ――ン カラ――ン
おつきさまの――パン屋さんですよ―
かぬま君は窓をあけて、お月さまを呼んでみました。
「お月さま、こんばんは」
すると、お月さまは立ち止まって言いました。
こんばんは――いい夜ですね――
パンはいかがですか――お月さまのパンですよ
かぬま君は言いました。
「パンください!」
すると、お月さまは、パンをくれました。
お月さまの形をおなじ、ほかほかのクロワッサンです。
「お月さま、ありがとう」
かぬま君がお礼をいうと、お月さまはニッコリと笑いました。
また道を、ゆっくり歩いていきます。
カラ――ン カラ――ン
おつきさまの――パン屋さんですよ―
カラ――ン カラ――ン
おつきさまの――パン屋さんですよ―
かぬま君はお布団に戻って、パンを食べてみました。
お月さまのような、やさしい味がしました。
かぬま君はパンをぜんぶ食べてから、お母さんにくっつきました。
そして、朝までぐっすりと眠りました。
おしまい。