■ 21 ■
鳥かごからさしこむ
真昼の 手厚い光のもとでねむる
おちてきた
きみどり色をした
空からの雫を放射状に どこまでも置いた
クローバーのうえで
さわさわと
かぜを 黄色の音にかえていく
鈴を いっぱいの枝にのばした
ポプラの木のしたで
まぶたから まどろみを
透過する きみの声
白いペンキを手に持ちながら夢を
歩く靴音
遠いひかりから香る
焼きたてのスコーン
飛び立つインコが ゆれる 愛を歌わせる
甘い微笑みはおはようの合図
午後が 雲をとおりすぎて届く
■ 22 ■
まだ土は 赤く焼けた傷跡を残し
その上に 動かぬ戦士を横たわらせ
もう胸は
疲れきった白い蝶に安息を約束するほど冷たかった
あの空へ
飛んでいくのは蝶ばかりか
あの空へ
飛んでいくのは蝶ばかりか
見上げる この胸は嗚咽に波打ち
横たわる友
また 友の
笑い声や 酌み交わした酒の余韻が頭を過ぎ
舌先は枯れ錆びて
飛ばせてやるものかと
終わった青い空へ
叫び続ける
時が経ち 冷たかった胸が消え去り 一面の野原になろうとも
■ 23 ■
秋の火に
撃たれて散る葉
やまびこは
青の遠くへ揺れ消へて
枯れいろ日取り
歩く人
まぶたに良く似た谷底で
束ねた鍵を
掲げて唄へば方丈庵
冷えゆく指を狙う鳥
啼き立つ
うつくしと
啼き立つ
■ 24 ■
あつい喉
うるおして 旅の中で
そう一人
思っている 砂の海で
揺られては思い出す 幼い日の
とおくまで偲びこむ 夢の続き
青い蝶が飛び交う 蜃気楼から
甘い匂い
手織りがさねの 帳模様ゆれ
錆ゆく 世界で
どこかに あるいた
さざめき 産声
飲み干す しんら
震える 窓辺の
どこかへ 落とした
小瓶の 鳴き声
ゆびさす そらを
さむい髪
なでつけて 旅は続く
そう一人
かすむ陽を 眺め歌う
白い鳥も休める 不知火埠頭
甘い匂い
つづら坂うえ 綺羅の静謐
望みを 託され
どこかに はなして
ざわめき 瞬き
聴き終え しんだ
震える 海辺の
どこかに あるよと
手紙の 宛て先
ゆびさす そらを
暗い底へ沈んでいく マワの 鼓動
流れ着いた星屑燃えおどる レイゴ
錆ゆく世界で さざめき産声
手紙の宛て先 聴き終えしんだ
震える窓辺の 小瓶の鳴き声
どこかに あるよと
ゆびさす そらを
■ 25 ■
陽炎 蜻蛉 蜃気楼
一本道 アスファルトの
匂い
香ばしい麦の穂が
どこまでも
さざさざと
湿ったズック
わざと水をかけられた
ぬるい
息のあがるたびに
虫の羽が笑う
視界のわきを
自転車が 追い越す
顔をあげると 光
あぁ
もう まだ走り足りない
だから夏は嫌い
へらへらした
カカシはカラスと踊る影
■ 26 ■
時間泥棒の休憩場所は
だいたいさびれた映画館
埃の舞う座席
カラカラ鳴り廻るフィルム
緑の非常灯
ケタケタ笑う手前の席の女
ぼうっと映画を眺めていると
いつの間にか
時間が消える
盗んだ時間が
いつの間にか
両手の中から
鞄の中から
ポッケの中から
消えていく
映画が終わる
立ち上がる
さぁ……
また時間を盗まないと
■ 27 ■
そのやわらかしい唇の 開き具合をみるために
あすこのパン屋は
あすこのパン屋は
コロネに紙を 付けるのだ
セロハンの額は白汚れ
君は綺麗にしてやったのだと
あいかわゆらいしい唇を ツンと尖らせ笑う道
しらじらな雨は遠のくか
明るい木色にそめられた 影は まみどりの陰影は
あすこのパン屋の袋をなぞり
服を なぞり唇をなでる
ああ さぞかしやさしくするのだ
只この午後は ただのこの午後は
そのやわらかしい唇に 開けばうとりと笑むだけなのだ
■ 28 ■
海。
コンクリートの段差。
その下の透明な水と、大きめのつぶの、石のような砂。
色は白か、明るいブラウン。
やどかり。
つがいのやどかりを。
目はあけたまま。
眼鏡をしていないのは、僕がちいさいから、だ。
おなじく小さな彼女に自慢する。
中学を卒業してから、消息は知れない子。
海からとった
やどかりをふたつコンクリートに置くと、つがいは寄り添う。
空は少し曇っている。
ここは晴れていて、水平線の向こうに雲が。
■ 29 ■
『位置についてー…』
ちゃんと顔あげろ 膝を地につけろ
かまえろもうすぐ ピストルの音が
パンと鳴ったなら バネで跳び走る
スピードが出たら 風を生み出そう
「人間は飛ぶことができない」と
解っていながら走り出す
いつか飛べる日がくると
信じているだけでは足りない
それよりも強く速く
レーンを走っていたいから
誰かが落としてくれた紙飛行機を足で潰した
壊れたものは何だろう
失ったものは何だろう
考えて考える 走って走る土の上で
考えて考える 飛びたい飛べない土の上で
考えて考える 走って転んだ土の上で
考えて考えた
この痛みをずっと忘れていたんだ
周りが追い越してゆく
皆の声援が聞こえる
ズキズキと痛む膝を
かかえてまた走り出した
もっともっともっともっと
はやくはやくはやくはやくー!!
『――52秒08』
何もない100メートルの終わりで
少し涙目の自分を見つけた
飛ばないよう潰した紙飛行機
誰かに直され机に置かれてた
■ 30 ■ eden(タイトル未定) ■
■ QBOOKS 第155回詩人バトル チャンピオン作品
# √(狭間)
古くしわがれた老人の指により君は花と放たれた。同じだけの年月。古くさびれた、ちいさな緑の船の中、ある晴れた雲の影にそって君は静かに進んでゆく。深く眠っている君の片手は愛の色をしたタオルケットをにぎりしめ、もう片ほうの手で哺乳瓶をにぎりしめているね。船はすくない風を受け、狭間の森へと流されてゆく。水にひたった銀の魚たちは一斉に目覚め、船底を通り抜け飛び跳ねきらめきひるがえし、君への祝詞を高らかにうたう。
かの森へ
ついに かの森へ
おめでとう
祝福の子よ
おめでとう
ついに かの森へ
かの森へ
祝詞をうたった魚たちはみな岸へうちあげられた。森の土はいつしか銀色の日差しに覆われる。君は祝福の子なんかじゃない。ほんとうは、ほんとうは世界に捨てられた。ウソの言葉を祝福を、与えとなえることさえ罪だと言うのであれば、せめてこの身を口に入れ、新たな主の糧となれ。目覚め泣く、赤ん坊の声が森に響く。君だ。目覚めた明るい銀の岸辺から、暗い奥へとそら響く。未完の世界を両手に持ち泣く君に、ついに食べられもせず魚たちは祝詞にひたり、ゆるやかな死をむかえいれる。土に。融けて。しずかに。腐る。内臓を。身を。骨を。泥となって。
# i(虚数)
朽ちた緑の板が撒かれた岸辺に、一人立っている君の手は細い。骨がより集まったようなそれで泥をうやうやしくすくい、目を閉じ臭いをかぎ舌を出す。ペシャリ、ペシャリ、ペシャリ。冷たく腐ったなかに時折蜜の味が入る。肩からかけているのは、君が大事にしていた腐った色をした布だった。風にはたはたとめくれ、異臭を放ち続ける、君は気づいていないだろうが、鳥たちはとっくに気づいていた。蔦で作った腰紐には円柱形の汚いガラスが下げられている。唯一無二の人工ガラス。中に入っている数粒の木の実はひからびている。君の生活がいつも通り終わろうとしていたある曇った落日。湿気にせかされ森の奥へ走ると動物ではない気配が一瞬君のまえを横切った。おびえ、しかし、惹かれるように追いかけると土から光の花が咲きゆらめいていた。君が手をかざすとあたたかくゆれ、パチリ、パチリ、パチパチリ。音をたてて光は、君はその手前に影をみつける。魚、だ。口から枝がつきでてそのまま地面に刺さっている。白いけむりがその体からしみ出ている。君は今までなんの匂いをかいでいた? 花とも違う。泥とも違う。
指を
出して
枝を
ぬいて
食む
知ってしまった甘美
ほおばる口の 焼けるような熱さ
うかされる
ほふる
戻れない
虚数にひたった魚の泥を
食べることなど
なぜ?
なぜいままで
あれを美味しいと思っていた?
炎の前で君は君をかき抱いた。焼け付くような涙をながし狭間の森に別れをつげる。そら、夜明けの同じ色。背骨を向けたむこうで夕日が沈みきった。腹が鳴る。君は舐めるように飢えを感じ、吐くように楽園を嫌悪しはじめる。足を、あぁ、もう戻れないと知り、足をだし、駆け抜ける。森の出口でとつぜん少女とぶつかった。目が合う。瞬間、理解した。焚き木をし、魚を釣り、焼いて森を冒涜した悪魔のような少女だった。君は一目で恋におち。君らは二人で森をぬけ、君らは二人で、新しい家をたてた。結婚し、子供をひとり産み、その子供は女となり、女は男と恋を過ごし、子供をひとり、産んだ。
# φ(円環)
老いた老人がひとりで作った木の船があった。形はいびつであったが、老人の身体に染み付いた記憶はこの船をよしとした。緑色のペンキは数年前に塗ったもので、所々剥げ落ちている。もうどこにも戻れない船を、老人は老人の部屋からよく見える庭の隅に置いていた。緑の葉が昼の太陽を通しまだら模様の影をつくる。子供がひとりやってきて、その船に乗りこんだ。老人の孫だ。彼は緑の船が大好きであった。あるときは海賊ごっこをし、またあるとき船は豪華客船となり、あるときはそれで遭難し、あるときはのんきに釣りをして遊んだ。孫がつくった枝のつりざおには、彼が最近気に入っている黄色いパッケージのチョコレート菓子がくくりつけられている。
そして
そこで
昼寝する
愛の色をしたタオルケットをひきずり
ちいさな彼は横になる
緑の船は
老人のまぶたの裏へと静かに進み
銀の魚が祝詞をとなえ
死に
腐り
泥となり
すくい
彼は目を閉じすべて飲み干し
死は
彼の身となり
全部
知らずにいたものを焼き
全部
戻れず
逃げ
足を
出して
甘美とともにあの白い
焼けた魚の目から涙が
ひとすじ
見たのだ
おちたところを
君は
見たのだ
涙が
おちたところを
君は記憶のかなたから、ひどくしわがれた手を思い出す。君を船にのせた原初の左手を。怒りにうちふるえ、拒絶し、川に、放り投げたあの手を。また、花がカラハラと落ちる映像が眼前をつつむ。
黄色だ。黄色い花だ。そうして光る、銀色の波を。君は祝福されていた、あの日あのときすべての狭間に。ザ、ザ、ザ。銀の魚の声が、遠く。
老人は部屋で泣いている。向こうのリビングに陽気なテレビの音がきこえ、緑の船はそこにあり、子供が中で深く眠っている昼の晴れたある日のことである。
雲の影が薄く動く。
とっくの昔に、君は許されていた。