■ 11 ■

■ メビウスリング メビ詩人会 2015年5月勉強会 お題2 最多得票作品 ■

 陽だまりのカーテンから足首ひとつぶん離れ
 あの人とその子供が笑う写真をアルバムから剥がす

 捨てる予定の散らばる過去が
 反射光となり細い 傷を

 一枚だけ残ったのは
 誰も映らない高架下
 試し撮りした使い捨てカメラ
 暮らした
 三人の散歩

 鮮やかに浮かぶ

 一等古くてやさしい過去だけ

 迷い
 唇を噛み
 アルバムを閉じ
 陽のかたむいた本棚に戻す指の曲線を

 床の笑顔たちが
 やさしく見守る部屋で

■ 12 ■


 午後3時
 フローリング
 クレパスと画鋲
 木枠のカーテン
 青空に虹
 小鳥
 鐘

 幻はね、逃げてったの、もう、
 裸足にリボンを巻いて
 ね、金平糖は、見えない星になって……

 白い月
 夜は涼風
 レース模様のトルソー
 瓦斯(ガス)ランプ
 カレンダーと丸印
 イヤホンジャック
 耳たぶ
 リップ
 吐息

 ねぇ、私、旅に出たくない……

■ 13 ■


 まぶしく彩られた霧の乱反射から取り出す虹の手つないで踊る

■ 14 ■ 引っ越し祝い ■


 裏に小川流るる 借家であった

 木造平屋に鍵はなく
 これが田舎なのか 緑濃く
 虫の 風の 雲よく動き

  あーっ本当、田舎って、空気が美味しいなぁ!

 村中に知れ渡ることなど知らず
 そのままラジオ体操なぞを始める


 そしてこの漬物である 置かれていた
 白菜まるごと一個
 漬物のタッパー
 ビニール袋に人参じゃがいも
 はみ出るごぼう

 誰の 誰が 足よく動かず
 匿名希望の引っ越し祝い
 これが田舎なのだ それが自然

  あのーっ、誰だか存じませんが、ありがとうございます!

 水をたたえる田んぼに叫ぶ

 村中に知れ渡ることなど知らず
 翌日には大根と山菜が置かれている

■ 15 ■


 つむじ風
 バララカ花弁が散り降る平らな庭園に

 僕らはいた


 明日の午後の用意をしておこう。凍らした水菓子、濡らした手拭き、テロテロとしたむらさきの敷物、ナイフ、月雲の運行地図、乾電池式ラジオ、そして君。
 それから君。あとは君。あえての君。もうひとつおまけに、君。


 きっと来てくれないだろう
 そんなことなど知っている

 けれど用意をしておこう
 つむじ風

 頭に
 肩に
 テーブルに
 膝に
 靴に
 床に
 草に
 フラハカ花弁が積もり眠る

 僕らは無言で空を見続けている

■ 16 ■


 木々を梳くゆび 丘のひだり
 風はたおれゆく 百合の花弁を鈴のように
           Li
 湖は東に
 城壁は森にそれた道を歩くと見える
 暮れた頃には星の音がつき 灯り捧げ
 またたきふるえる
   子守歌さえ
   La

 明けの雲は 谷間より目覚め Lu
    Lu―La
 鳥ははばたき家家往きて鳴く

 霞を巻く河面
 煉瓦の橋の向こうは領主が変わる土地――草原
 さきの畑 ひとり農夫が土を見る手
 こぼれ落ちる種 それから
   輝く水が
   低い祈りが
   芽吹きを誘い

 正午の鐘をうしろに
 広場に咲いた 染めた布を
 風はふきぬける 門をくぐりて静かの丘
 木漏れ日の隙間を閉じて

■ 17 ■


 はりきって
 るるるとうたう
 がっこうは
 きみがつんだ
 たんぽぽのなかに
 はるがきた
 るろうのちょうも
 がちょうもいぬも
 きみがつんだ
 たくさんのにもつ
 どこへやら
 ここに
 にっきの
 きれはしが
 たたまれたむかし
 やまむこう
 まひるのようきに
 にがわらい
 きいろいなのはな
 ただようかおりが
 さっとふく
 とたんのやねと
 にぼしぐも
 きれえなこえした
 たのしげなとりが
 のこしてく
 にっこりしたつち
 もゆる
 きいろ
 ただひろがる
 なのはなばたけはふしぎにひろい

■ 18 ■


 曲線の砂浜を過去の夢と思います。
 久々に訪れたそこは立ち入り禁止となっていました。

 3月11日の前に一度だけ、行きましたね。

 とても暑い日で
 見渡す海の付近の田んぼは
 あの日と変わらず元通りに見えるというのに。

 久々に訪れたそこは立ち入り禁止となっていました。
 工事現場になっており
 数年計画で土を盛り、元通りにする話はそれからなのだと。
 また
 別な場所に行こうと思い車を走らせるも、蒲生の処理場に迷い込む。

 くずれそうな橋、
 生を捨てた木が折れたまま、

 まだ


 まだ、なのですか。


 都市部は完全に元通りです。

 陥没した道路も直り、あの日見た
 配管工のゲームにありがちな突き出た土管
  ――正直入ろうかと何度も思った――
 も直りました。
 簡単なパズルのように散らばった歩道のタイルも直りました。
 閉店していた店も改装しました。

 だのに。



 夏には一度、七ヶ浜へと行く予定です。
 今年は一度、海に行く予定です。

■ 19 ■


 ラクダは歩き出す
 塩色の
 とおりすぎた何もかもを
 月の谷において

 かれらは歌いだす
 砂色の子守唄

 きのう
 いっとう絶えた

 眼のおくに夜を沈めながら
 風のゆめを追いかけながら

 月の谷を背に

 静かに

■ 20 ■ 修羅 ■


 にさいのむすこがまどかぎあけて
 べらんだでてったここななかい