■ 21 ■
「ここにこたつがある」
「うん」
「果物ナイフも用意してあげた」
「うん?」
「まぁ入りたまえ」
「うん」
「……どうだい?」
「……弱にしていい?」
「いいとも。では、次に君が望むものは何だ」
「みかん」
「は?」
「みかん」
「は?」
「みかん」
「……もう一度言おう。ここにこたつがある。果物ナイフも用意した。君が望むものは何だ」
「みかん」
「は?」
「みかん」
「は?」
「……きみは僕の望みなど聞いちゃいない。自分がほしい答え以外を、拒絶するのがその証拠」
「そんなことはない」
「じゃ、みかん」
「は?」
「出たよ難聴の青森県民」
「青森県民が全員りんご好きだと思われるのは不愉快だな」
「やっぱりりんごだった」
「いや、実はみかんも買ってある」
「なんだ」
「箱買いでな」
「豪快」
「では三度問おう。君の望みはなんだ」
「みかん」
「ほらよ」
「……さっきまでのは、」
「そりゃあ、三度目で叶えてやるのが神様ってもんだからな」
「自己満足だ」
「ひとがする行為なんて、だいたいが自己満足の神様みたいなものだ」
「鳥になりたい」
「飛んだ自己満足」
「寒い」
「強にしたまえよ」
「暑い」
■ 22 ■
二人で幸せ続いても
一抜けされると辛いから
できれば
私より後に死んでほしい
■ 23 ■
昨日の昨日は今日じゃない。
今日の今は確かに明日だよ。
どうしてだかとてつもなく、
死にたくなったり生きたくなったり
死なずにすんだり生かせなくなったり
うんざりするくらいキスをしたくて
それが本能か理性かといったら、
逃避という名の理性だと僕はきっと答えるのだろう。
どこにも居場所がないなんてことは、とっくの昔に知っていたし。
そう言うと、テーブルには二枚のカードが配られた。
「ねぇ、降りないの、」
君はお得意のポーカーフェイス。
さっさと決断してしまえ。
13、チェック。ヒット、19。ヒットバースト28。
うっすらあけた唇から、血のように赤い舌が、
親指を
舐める。
明日の明日は昨日じゃない。
今日の今日は昨日になるよ。
所詮はフィードバック。
それは本能。
「コール、100」
手首を切り刻んでしまいたかった。
部屋にあるものは、とっくにぶちまけられ、散乱した様は
地震の跡によく似ている。
おまけの衝動がコレだ。
震える手で、
「乗る?」
君を殺せたらどんなに楽になるのだろう。
僕の愛おしい足かせ。
君さえ居なくなったら、今すぐにでも逝きたいのに。
うるさいな! 幻聴だよ。
そんなの、ただの幻聴だよ。
僕は君が大好きだよ。
君の笑顔が鮮やかに咲くなら、嘘でもいいから生きたいと言うさ。
君が
その赤い唇で舐めまわした僕の血液と少しの肉片がまだ
どこを探しても
見つからないから、ね。
■ 24 ■
リシリシったバスタブには 水をくまなく張ってやる
そなえもせずに 指につけ
ヒリシリ熱いと 君は言う
リラリラするそのうたごえには 快感のような雨
いつも傷ついて 窓辺に映る
そうと微笑んで 何もかも
君は手放して 冷たいと言う
星の匂いに立ちすくむ夜
風よりも早く雲を追いかけていく
炎よりも高く
ハカナク舞い上がれ この空よりも
キラヒラ澄んだ 輝く白い肌
淡い瞳
細い指
軽い翼
ホウソウ静かにふるえる 息でくもったガラスに
あのときも
このときも 間違った選択をした 知っていたのに
こうして生きていること
幸せすぎて
ヒリシリ熱いと 君は言う
■ 25 ■
なぞる 曲線を重ね
美しさとはなんだろうと 君は言う
六回消しゴムをかけた くすんだ裸体を重ね
愛しさとはなんだろうと 君は言う
動いたら 終わり
描きつけたら
夜の幕が
薄い膜が
あなたの唇にかかって
小気味良いイマジンのレコード
アークティカのギタリスト
酒を飲むように クッと誘う
その唇が よる 夜 酔うほどに
エイフェックスの鼓動
ラスマスフェイバーのピアノ
濃い 恋 愛 合うほどに唇
あぁ そう 僕もなんだ 壊したい
夜の幕を
薄い膜を
■ 26 ■
少女と手を繋ぐと
朝日の向こうに沈んでいった
水面をもぐり ざーん
二人はどこまでも沈んでいった
少年と手を繋ぐと
夕日の向こうにかけていった
地面を蹴って ふわり
二人はどこまでも飛んでいった
■ 27 ■
0
老婆は失う
眠りの奥に雁が羽ばたき 踊る
人々の白い足袋が
神よ神よと交互に祝う夜
かがり火
鉦の擦り合う音
宵が
酔われ
歌い 踊る
失われていく
1<
紅白の幕に彩られた公民館に並べるものを
パイプ椅子か座布団かで悩んでいます
とんでもございません
パイプ椅子は祝儀と記帳の受付にふたつ
真樹夫と佳世ちゃんのためにふたつ
じろちょの大婆さまにひとつで
もちろんのこと
ええ
場所ですよ場所! ひいちゃん!
かおるに仕出しの手伝いをさせて頂戴
ねえ 私
あなたがいらして嬉しいのです
本家にご挨拶にうかがっても
いつも部屋に篭っていらっしゃるし……
本当ですよ?
まさえ! 盃蔵から出してきたら磨いて!
2<
おおきくなったら
およめさんになる
しろいの
ぶわーって!
そんでね
おめでとうおめでとうって
ゆきお兄ちゃんとね
はるなの
おはなのみちをー
あったりまえだよ!
ゆきお兄ちゃんは おむこさんなの!
でね
でね?
みんなが
おめでとうおめでとうって
え?
いいの?
やった!
はやくやくそくやくそく
指きりげんまんウソついたら針千本のーます
指きった!
3>
『それでは、新婦友人のスピーチです。西藤春奈さん、どうぞ』
『はい。
えー…、
夕美、そして雪雄さん、ご結婚おめでとうございます。
二人を小さい頃から知っている私としては、
こんなに嬉しいことはありません。
夕美とは、保育園のころからずっと一緒で……
高校は別々になったけれど、また大学で一緒になりました。
雪雄さんとは従兄で、私が小さいころはよく遊んでもらいました。
三年ほど前。私がちょうど風邪をひいて、
夕美がお見舞いに来てくれたとき、偶然
雪雄さんも母に用事があって来ていて……、私が紹介しました。
ふたりの恋のキューピッド? なんて思っています。
夕美! 世話好きなあなたは雪雄さんにピッタリだけど
あんまり世話焼きすぎると「お母さん」になっちゃうから、
ほどほどにね!
雪雄さん! 夕美はこう見えて人一倍繊細な子なんです、だから
夕美のこと……っ…! ほっ……ほんと…にっ…!
あ…ごめんなさ……っ、本当に! よろしくお願いします!
お幸せに!!』
『西藤春奈さんのスピーチでした』
4>
結婚する資格なんて
ない
ひとに告白するの
初めてなの
聞いて
私
今でも
心から離れない人がいて
もうずっと
小さいころから
その人
結婚してて
どうしようもないのに
消えないの
ね
こんな私と
今まで付き合ってくれて
ありがと
幻滅したでしょ?
別れましょう
ずっと
裏切ってて
いつか
話さなきゃいけないって
ごめんなさい
私
本当
どうしようもない
どうしようもない
0
老婆の足元に置かれた巾着袋
亡くなった夫のイニシアル
雁が飛び立つ杉
目覚める
かがり火囲い踊る 白い足袋
太鼓の太い振動
踊る装束を
歌を 笑いを
宵の祝い
老婆は畏れぬ目を濡らし
つかの間の夢をも失う夜に
響く
ゆれ 失っていく
■ 28 ■
月の
光を背に受けて立つ君は
銀色の
少女のよう
素足をひたした
海のゆりかご
こぼれる
涙は 何時か
星星を抜けて闇へ
遠くへ
それでも失わないだろう君の
心の輝き……
■ 29 ■
「はぁ……っ」
「あ…うっ……」
「く…っは」
「……っつ…」
ねぇ、
セックスする音と泣いている音が一緒なのは なんでだと思う?
■ 30 ■
キミの肌の
鬱血のアトが
白磁の陶器に散った薔薇のように美しかったりする
今夜読むはずの
栞が抜けて
ベッドに潜り込んだ黒猫のように消えてしまったりする
珈琲を飲み
眼球を押すと
シナプスの花火が預言書のように囁いたりする
早朝の散歩は
気持ちがいい
キミを転ばせる罠をそこかしこに仕掛けて
MJ新聞に目を通しながら
誰もいない土手を歩く
クスリを一粒飲んで
苦い想い出を空に浮かばせたら
下唇を舐めて
まるで恋人であるかのように起こしてあげようと思う