■ 又、双人ハ ■


■ 81 ■

 心の角度が交わる時

 急に
 世界が
 反転
 する


 ピンクのペガサス
 黄色の象

 手に入れられない美しさ

 艶めかしい女
 誘う男

 手に入れようとする美しさ


 幻想を 理解できない人間と
 現実を 見ようとしない人間が
 どうして
 語り合えるだろう


 交錯する 視線を殺す


 廃墟ビルのシアターで
 あなたとわたしの密葬を 一度きり


■ 82 ■

「お父さん、かみながーい」
「あぁ、そうだね。結べるくらい長くなったね」

「女の子みたーい」
「はは、そうだね。なんかよく間違えられるよ。展示会の時も……、死にたい」

「きらないの?」
「切るよ」

「明日?」
「うーん、まだいいかな」

「どうしてー?」
「ニンゲンがいるから」

「ニンゲンがいるから?」
「そう。お父さんはニンゲンが苦手なんだ。犬とか猫とかも、哺乳類全般が苦手。

床屋には、ニンゲンがいるだろう?」
「うん」

「だから、前髪は自分で切って、後ろは1年に1回だけ我慢してすごーく短く切ってもらうんだ。前は、お父さん短かったでしょ?」
「うん」

「今年は……まだいいかな。来年になって気が向いたら切るよ」
「けーもニンゲンだよ。

けーのこときらいなの?」
(嫌いじゃない。義務感しかない。けれど、親の愛情は自己肯定感を育み健全な精神の礎になるから、1日10回好きだと声に出すことを自分に課している)
「けーとお母さんだけは特別だよ。好き好きのだーい好きだよ!」

「へへへ〜。あ、またこれ見てるー」
「馴れ合い掲示板ね、」

「なに書いてるの?」
「恥ずかしい作り話」

「だれかいるの?」
「いるよ。他のニンゲンも書いてる。

昔は、画面越しならいけるかなと思って、いろんな人と話したよ。でも、ニンゲンたちと話すと傷ついてばかりだったよ。みんな自分のー……、まぁ、もう、話すことないんじゃないかな」
「はなしたら?」

「無理」
「なんで?」

「疲れたから。でも、ここは静かになったよ。
ちょっと淋しいけど、盛り上がったあげく皆が傷つくなら、静かで穏やかで争いのない場所のほうがよっぽどいい」

「シジマの世界だね」
「誰ですかそんな単語教えたの。お母さんだね?! お母さーん! お母さんちょっとー!!」


■ 83 ■

 昨日の昨日は今日じゃない。
 今日の今は確かに明日だよ。


 どうしてだかとてつもなく、
 死にたくなったり生きたくなったり
 死なずにすんだり生かせなくなったり


 うんざりするくらいキスをしたくて

 それが本能か理性かといったら、
 逃避という名の理性だと僕はきっと答えるのだろう。


 どこにも居場所がないなんてことは、とっくの昔に知っていたし。

 そう言うと、テーブルには二枚のカードが配られた。


   「ねぇ、降りないの、」


 君はお得意のポーカーフェイス。
 さっさと決断してしまえ。
 13、チェック。ヒット、19。ヒットバースト28。


 うっすらあけた唇から、血のように赤い舌が、
 親指を
 舐める。


 明日の明日は昨日じゃない。
 今日の今日は昨日になるよ。
 所詮はフィードバック。

 それは本能。


   「コール、100」


 手首を切り刻んでしまいたかった。
 部屋にあるものは、とっくにぶちまけられ、散乱した様は
 地震の跡によく似ている。

 おまけの衝動がコレだ。



 震える手で、

   「乗る?」

 君を殺せたらどんなに楽になるのだろう。



 僕の愛おしい足かせ。
 君さえ居なくなったら、今すぐにでも逝きたいのに。
 うるさいな! 幻聴だよ。
 そんなの、ただの幻聴だよ。

 僕は君が大好きだよ。


 君の笑顔が鮮やかに咲くなら、嘘でもいいから生きたいと言うさ。

 君が


 その赤い唇で舐めまわした僕の血液と少しの肉片がまだ
 どこを探しても
 見つからないから、ね。


■ 84 ■

 屋根裏の 忘れ去られた古い棺のなか
 ちいさき少女は永遠をまどろみ横たわる

 いつかの黒いドレスに 紫蘇色の薔薇を一輪差し込み
 細長い指をふるわせて
 永遠の鐘を待ちわびた

 少年のかたちは教会の屋根から声をかけ
 少女のシルエットは
 クスリと動いた


  雨が降らないわ
    この辺はみんな ずっとそうだよ
  雨は降らないの
    灰色の国 外からはそう呼ばれている

  雪が降らないわ
    この辺はみんな ずっとそうだよ
  雪は降らないの
    かわりに並べようか 新しい 白い棺を


 屋根裏に並んだ 古い棺の横に
 名前のない少年が永遠を憶えはじめる

 あの日の黒い燕尾に 紫蘇色の薔薇を二輪持ち
 胸のうえに指を組み
 同じ方角を見上げた


  星が降らないわ
    この辺はみんな 屋根があるから
  星は降らないの
    まぶたの裏に 泳いでいるよ

  鐘が降らないわ
    この辺はみんな ずっとそうだよ
  鐘は降らないの
    かわりに歌おうか 新しい 鎮魂歌を


 屋根裏に降り積もる 雪のような棺のうえに 歌は
 いつか誰からも忘れ去られ
 飾られた薔薇の花弁が たわいもない隙間風に散る いつか
 その日が永遠となる


■ 85 ■

「あゐわかつた」とたぐりよせ
 しんじょの枕は青そぼる
 筋書きどほりの弔いを
 恋(レン)と 分かって草吐き別つ


■ 86 ■

 しばしの沈黙の後
 Sosaは白磁の作り笑いで私に紫蘇を突き付けた

 あるいはシイロの扇子より
 ふわりと薫る大葉だろうか

  男爵様、
 と
 Sosaは言う
 マスカレードの時季は遠いというのに
 あるいは


 あるいは

  お戯れも程々に…、これが初心な娘たちならば勘違いしてしまいますわ。


 その後独りきりの窓辺で仮面を外す
 あるいは仕草
 あるいは真実こころから

 刻み込む
 笑顔の種類は果てしなく
 室内は薫り続ける


■ 87 ■

 白樺薫る七回忌に
 君の髪梳く夢を見た

 静かに微笑むえくぼ あの日と同じ服で
 涙止まらぬ僕に ささやいた

 好きよ
 今も
 だから  忘れてね


■ 88 ■



■ 89 ■



■ 90 ■




--Presentation by ko-ka--