■ 又、双人ハ ■


■ 61 ■

 「ねえ葉書が届いたよ」
 「今時珍しい、40円葉書だ」

 「下に10円を貼り付ける」
 「上に50円を貼るには惜しかったらしい」

 「君はいつもそうだ」
 「何をするにも惜しがっている」

 「ほしい」
 「くせに」

 「この英語の文章が読めなかった」
 「ネーデ」

 「新世界」
 「楽園の終わり」

 「なにか面白いこと言って」
 「ネーデ、NEDEを右から読むとエデン、ダクティーブルッフェ」

 「なんでも右から読む病気があった」
 「。きがてた>←の病」

 「楽園は沈む」
 「遠く遠くにいたたまれる」

 「葉書は」
 「間違い葉書だ、」

 「人番地違う」
 「人の隣は」

 「間」
 「国」

 「……殴るには惜しい切り返し」
 「なにもかも惜しがっている」


■ 62 ■

 僕たちは
 海と空しか見えない空間にひとつだけ伸びる
 錆びた線路を歩いていた。

 海は凪いで、
 空は快晴。

 海底と宇宙はわからない。

 見えないものはいつだってわからない。声を出さないのは死んでいるのと同じだ。無言のそぶりでわかった気になっているのは加害妄想者だけだ。

 線路は延々と続いていた。
 隣には誰もいなかった。

 僕たちは歩いている。
 けれど隣には誰もいなかった。

 歩きながら、右も左も前も後ろも確認した。


 誰もいなかった。

 そして
 その間、僕たちは無言だった。


■ 63 ■

 「ワタクシは二人」
 「ボクは、ふたり」

 「家の中で飼いならされた小鳥」
 「家の中で飼い殺された、番犬」

 「傷がつかないように」
 「傷をつけられるよう」

 「やさしく」
 「きびしく」

 「そして」
 「そして」

 「きびしく」
 「やさしく」

 「まうしろには」
 「ボクの前には」

 「血をわけたあなた」
 「血が同じご主人様」

 「いもうと」
 「この人を」

 「ワタクシはこのいもうとを」
 「いけないことだと、解って」

 「愛しているのです」
 「触れたいと、願う」

 「たとえそれで、地獄に落ちたとしても」
 「たとえそれが犯された領域だとしても」

 「きっと」
 「たぶん」

 「あなたがきっと助けれくれるわ。手をひいて、キスして、そして」
 「抗うことなどできない。その手も、その唇も、ボクを閉じ込めて」

 「あぁ、美しい」
 「なんて、汚い」

 「ワタクシは美しい」
 「ボクはとても醜い」

 「その同じ顔のいもうとを、ワタクシは愛しているのです」
 「いつかこの手で絞め殺してしまいそうだ……。ねえさん」

 「嬉しいことに」
 「皮肉なことに」

 「今日は」
 「今日は」

 「とても晴れて」
 「とても晴れて」

 「ワタクシの後ろには」
 「ボクの目のまえには」

 「あなたが居ますわ」
 「ねえさんが座って」

 「あぁ、」
 「あぁ、」

 「きっとこれを愛というのですわ……」
 「……これはアイなんてもんじゃない」


■ 64 ■

 好き
 と
 一日10回言うことで

 きみ
 を
 好きになると思ってた

 今年
 で
 十年つづけてきたのに

 きみ
 を
 好きになれない
 何故
 か
 分からない

 本当
 に

■ 65 ■
  ■



■ 66 ■

 「ねえ、お誘いが届いたよ」
 「いまどき珍しい、蝋でおされたインだ」

 「おそらく土曜に、研究にふさわしい月が立つ」
 「どうでも」

 「ポットの煙をたどっていけば、迷いの森から出られるという
  寸法さ」
 「お茶会なぞには興味ないね」

 「君はそうやって三千世界を拒絶する」
 「君はどうやっても受け入れる気だったね、苦しいよ、殺すなら、早く」

 「月の研究は朱色に染まるのが相応しかった」
 「それは死のカタチ」

 「お誘いは受ける、なにもかもを受け入れる」
 「死すら」

 「コトバが年齢とともに抜け落ちていくという病気があった」
 「つき<”>の病」

 「緩慢に退廃していく。土曜までに退廃しても。それはお誘いを受けたいという退廃」
 「どうあがいても連れて行く気、」

 「それは病気」
 「次に見舞う病気、研究の病気、死は、病名じゃなかった」

 「残念なことに」
 「死は病名じゃなかった、死に至る病気はあっても、死自体がそうでないなんて、おかしいとは思わないか」

 「彼女が泣くのはおかしいとは思わないか」
 「月が」

 「君が」
 「死が」

 「やめよう、なにもかもを受け入れるなら」
 「こぼれるのには興味ないね」


■ 67 ■

 宇宙とかけましてガン細胞ととく。その心は?

 とにかく
 いつも
 へんな
 ことを
 いうな

 区切って諭した研究室に数秒
 声が交錯した


 「――どちらも無限にビッグバン!」

 「誰かこいつ殴って星見せてやって!」


■ 68 ■

 「深夜」
 「シンヤと呼べるもの」

 「深海」
 「シンカイと歌うもの」

 「なにか楽しいこと言って」
 「カギカッコは、はじめとオワリでボックスラーメン」

 「かたゆで」
 「しかも焼きそばの麺」

 「死が病気じゃないことの証明」
 「病気は動く。動かないのが死」

 「月の研究とは?」
 「土地理学者。なにもかもを拒絶すること、夜と、海は似ている」

 「ぼくたちは飛べない」
 「沈むことはできる」

 「息をしないことが条件とは、すこし、むつかしすぎやしないか」
 「しなければいい」

 「死か」
 「死だ」

 「なにか面白いこと言って」
 「カッコは、はじめとオワリで楕円」

 (完全な円を拒絶する。だからカッコは閉じない。

 「深夜は円をかきはじめる、月だ」
 「深海へ」

 「息をしないで」
 「死体」


■ 69 ■

 太った彼女が言った。
 「宇宙人は未来人だと思うのよね」

 僕は本から目をはなさない。
 「ほう、」

 「宇宙人が居るとしてだよ仮説。わざわざこんな辺鄙なとこまで何回も来ないでしょ? 未来人がタイムマシンで来たって方が何倍も信憑性あるよね」

 「ほう、」

 「グレイの口だってさ、今でさえやわらかい食べ物が多いから、顎が退化したんだよで、さらうのも、遺伝子を取って未来をどうにかしようってこと」

 「ほう、」
 僕は本から目をはなさない。

 「君は栄養取らなさすぎ。グレイになっちゃうよ」

 「それは……聞き捨てならないですね」
 僕はようやく本から目をはなした。
 雨が降っていた。


■ 70 ■

「それは死語だ」
「ラテン語のこと? 私の中では生きてるわよ、この言葉たちは」

「それは死後だ」
「螺旋階段のこと? 私の腹では活きてるわよ、この小鳥たちは」



--Presentation by ko-ka--