■ 雨 ■


■ 51 ■

 カルダンノッタに実在する神ゴシェロ氏は雨が立つと泣き出すことで有名だ。さえぎるものがなにもない平らな島にて流される、カルダンアリの命の数だけ泣くのだという。ゴシェロ氏の食事を見たか。黒く、丸く、足が六つもついた小さな生物を生きたまま飲み込むのであるが、氏はその眼球から一滴も雨をたらさない。
 ゴシェロ氏は誰にも崇められてはいない。
 そこに生活がある。
 雨が立つその時だけ氏はアリたちの神になるが、雨が降らなければ氏はアリたちにとって恐怖そのものとなる。
 いいえ、アリたちは知らない。
 知っていると思い込んでいるのは人間のほうであり、ゴシェロ氏はもともと、人間だ。
 カルダンノッタに実在する神ゴシェロ氏は雨が立つと泣き出すことで有名だ。習慣でありもはや誰にもとめることができない。いいえ、止めようとする人間は、カルダンノッタには実在しない。


■ 52 ■

 泣くほど解ってるから雨色に
 染まる
 ころは
 右の手も冷えてゆく
 レンガの隙間ぬったら太陽が
 指した
 左手のリング

 悲しみに微笑むのは草むらの別れ話をしてるホタルの群れ
 期待通りポケットあけてキスをねだる

 Shall we Dance?
 死ぬの
 わ た し

 時がころぶ静かなほどの庭に囚われてく
 Shall we Dance?
 知るこ
 と な い

 星が凍える気がするだけよ
 何かにすがるほどならカーテンを
 裂いて
 しばり
 右の足かけ落ちる
 カップの取っ手ひらいた純情は
 ポツリと
 左足沁みる

 暮れてゆく日々を慌てて追いかけるどうしても足の早い昨日は
 見向きもせず夢の続きに囲われてく

 Shall we Dance?
 死ぬの
 わ た し

 貴方愛してると伝えたら泡に融ける魔法
 Shall we Dance?
 知るこ
 と な い

 夜が震えてる気がするだけ

 shava dabi tuta ttasha badu vidabi
 Shall we Dance?
 きんの
 ナ イ フ

 時がころぶ静かなほどの庭に囚われてく
 Shall we Dance?
 ぎんの
 な み だ

 貴方愛してると伝えたら泡に融ける魔法
 Shall we Dance?
 死ぬの
 わ た し


 恋が終える気がするだけよ


■ 53 ■

 思い切り 逃げようとしている
 思い出は 切り落とし
 しまいには トボトボと歩く
 そんなこと わかっている

 真夜中の 道路はどしゃぶり
 傘なんか 用意ない
 うつむいて トボトボと独り
 そんなこと わかっている

 シンクの匂い 彼女の笑顔 裏切られたドア
 向こう側から 楽しそうな声誰かがいる 誰かが居る

 考え消して涙が出るね
 誰かと彼女のドアごしの声、
 飛び出してた振り向きもせずに
 どしゃぶりの道を
 どこでもない所へ

 遠くから ライトがまぶしい
 通り過ぎ 水がかかる
 けれどまだ トボトボと歩く
 そんなこと わかっている

 指輪を見せ 「これから二人 一緒に生きよう」
 約束なんか もう信じないと心が叫ぶ 嗚咽がもれる

 簡単すぎて指がふるえる
 彼女の「好き」も「愛している」も、
 名前も知らない誰かの指に
 その指からめて
 爪をたてる口実

 携帯には 彼女の着信 心配するメール
 この視界が きたなく見える俺はひとりだ 孤独になった

 走り出してた振り向きもせずに
 どしゃぶりの中を息切らせてく、
 そして財布を次に携帯を
 部屋の合鍵を叩きつけていく、

 顔を覆って真夜中の道で
 くずれおちていた声をあげてた、
 けれど頭に浮かんでくるのは
 いつもの彼女の
 花さく笑顔だけ


■ 54 ■



■ 55 ■

 雨が光る街に 手首を切った少女と立っている、


「あたし まだ生きてる ……?」
「縦に切ろうとしないから   そうなる」


 ゆびさきから 血が光った、
 それは恋しているからに他ならなかった、雨も、


■ 56 ■ シルシリエ(旧世界) ■

 森が

 一瞬で黒くなり
 雨も
 ちがうこれは灰


 全世界の被爆範囲から
 唯一外れた
 この島の砂岩に

 少年が
 流れ着いた
 笑顔で


 泣いた

 雲も
 もう冷たくて

 わたしはずいぶんと独りだったのだ


■ 57 ■

 だれかを忘れ
 こころも忘れている

 それを探したい

 偽る場所は同じで
 なにをどうしても
 偽る個所は同じで

 それを壊したい

 ずっと願ってきた愛が
 ただの恋でしかないこと
 本当は前から気づいていた

 人ごみでも
 まばらな雨でも
 ずっと前から気づいていた

 それを忘れたい


 だれかを忘れ
 こころも忘れている

 探したい

 壊して

 また
 忘れて

 いつか泣きやんだら
 不正解じゃない


■ 58 ■

 あなたが遺した
 春の 陰るドアを
 指でなぞるこの 街
 もう僕の心すら

 あなたが立ち去った
 夏の 煙るマドを
 濡らしたりはしないと
 本当の子供

 あなたが憎みだす
 秋の 湿るジャグチ
 どうやっても 雨におちて
 もう僕の心さえ

 あなたが死んでからは
 冬の 曇るマドは
 あたためて思い出は美化して
 本当の犯人も

 見つからないドアを
 僕の 垂れるクビを
 あの人によろしくねと
 街を あとにした


■ 59 ■

 君を呼ぶ 雨の日に
 くるりるらる踊り疲れて 射る 手
 真夜中の 人だかり
 証拠はすべて雨が下水道へ……
 
 白いバン
  積んだ
 湿る臭い
  積んだ

 「永遠 の 思い出 鍵にしたいaiaiai」

 大通り
  避けた
 死角路地
  抜けた

 「狂喜 の 封印の 鍵にしたいaiaiai」


   ……次のニュースです…
   未明に……
   …女性……搬送…
   確認……


 難航の 犯行に
 本部の責任謝罪 会見 を
 報道陣 人だかり
 容疑者すら絞り込めず台風が……

 スイッチを
  切った
 鍵にして
  切った
 
 「風雨 に 紛れて 川に捨てたaiaiai」
 
 似顔絵も
  捨てた
 過去はみな
  捨てた
 
 「接点 は 誰もが 知る由ないaiaiai」


   ……次のニュース…
   台風……
   …被害……破損…
   浸水……


 あぁ 今夜
 君に 会える
 嵐の 中央の目
 
 さぁ 行こう
 夢で 会うから
 望みの 声 が欲しい
 
 
 もう二度と 顔を見ずとも
 笑いかけて くれる夢で
 雨が降り 枕 汚して
 人知れずに 想い続ける


■ 60 ■

 ナインビーチはマッサージの音楽。

 エイフェックスは雨の日の音楽。

 ハルシノゲンは寝る前の音楽。

 シュポングルはセックスの音楽。

 ねぇ貴方、タンゴは……なんの音楽かわかっているかしら?

 ……そうね、正解ね。

 そう言うと彼女は僕の手からマルヴォロ緑を奪い取った。
 そんな所が嫌いだ。と、言うかわりに。


「煙草を吸うときの音楽」

「アラ、もう心のなかで言ったかと思ったわ」



--Presentation by ko-ka--