■ シャルアンメルニがこの世でいちばん美しいと思うもので10の詩 ■

■ 1 ブハカの眼球 ■

 どうして何もかもなくしてしまうのですか?
 なぜモノを所定の位置に置こうとしないのですか?
 いつも忘れて探し回って
 あなたはどうしてそうなのですか?

 四角い黒い箱以外
 必要のない情報だったからだ
 すぐに忘れても
 私の生活に支障はない

 ありまくっているじゃあありませんか?
 今なにを探しているのかおわかりですか?
 あなたの日常は
 常に
 戸棚をあけ
 本を裏返し
 椅子を移動させ
 廊下をなめるように見て
 窓のふちをさわり
 ベッドのシーツを持ち上げ
 ご勘弁いただきたいのですよおわかりですか?

 これさえあればいいのだ
 人間は体が資本
 体さえあれば
 何を失っても取り戻せる

 そして何もかもなくしてしまうのですね?
 わたしが居なくなってもよろしくて?
 なぜいつも気をつけて見ないのです?
 なぜいつもつけて見ないのです?
 なぜつけないのです?
 なぜなのですか?


 黒い箱の中身はシャルアンメルニ伯にお渡しするのだ


 眼球がなくなり
 侍女も居なくなり
 家は埃があり
 ベッドには彼が居り

 いつでも何かを探している

 それが何なのかは知れないが
 取り戻せないということだけは
 誰の眼にも明らかだった
 が
 ブハカ氏には
 見えない

■ 2 ネレッソの気球(彼は飛んだ。昼に。) ■

 ま  ひ  る  の

  氏の熱気球はその美しさでも他を圧倒した。
  鮮血のような真紅に白いインクを落とし込んだ点描。

 さ  な  か  に

  氏が気球で世界一周の旅に出ると新聞が報道し、
  見物客でにぎわった河川敷で氏はこう叫んだ。

 う  さ  ぎ  の

 「さようなら! みなさん、ワタシは旅立ちます!」
 「さようなら! 二度と会うことはないでしょう!」

 め  が  開き 、  逃 げ出した


  赤だった・赤だったら
  白だった・白だったら

 と おく  、

  赤だった・赤だったら
  白だった・白だったら

 と おく  、  飛 び出した


 夢とか希望を切って パ ラ パ ラ どこまでも
 雲より果てまで向かおう
 
 愛とか優しさ蹴って 孤独な 逃避行
 世界の果てまで向かおう


 ま  よ  な  か

  氏の熱気球はぐんぐんと上昇し飛び続けた。
  昼も夜も飛び続け、とうとう国の境界線に着いた。

 ひ  と  り  で

  もちろん飛行許可はとってあったが、隣国の
  軍隊の新人のもとにだけは届いていなかった。

 が  ら  す  の

 「これは警告である、速やかに停まりなさい!」
 「これは警告である、速やかに――?!」

 か  け  ら刺し 、  跳 び降りた


  赤だった・赤だったら
  白だった・白だったら

 は やく  、

  赤だった・赤だったら
  白だった・白だったら

 は やく  、  跳 び降りた


 夢から希望を切って パ ラ パ ラ どこまでも
 浮かんで果てまで逃げよう

 星とか月とかByeBye 孤独な 逃避行
 世界のうらまで落ちよう


 「次のニュースです」
 「熱気球で世界一周に挑戦していたネレッソ氏は、本日」
 「隣国の病院にて死亡が確認されました」
 「氏の死因はガラスを胸に刺したことによる出血死で」
 「情報を受けていなかった軍からの警告が原因と見て調べております」

 「これについてはどう思われますか?」
 「うむ、ネレッソ氏はおそらく」
 「軍からの拷問的な追求を免れるため、自害したものと考えられます」
 「まったく、こうも素晴らしいお方が亡くなられるとは」
 「ご冥福をお祈りいたします」

■ 3 コーンコールの論文 ■

 まずは
 飛ぶ

 次にうつろう

 紙に様子をはしらせる


 まぶたを
 閉じる
 私の後ろは

 黒くなり 虹の光が引く

 葦は考える人間であり 数字は万物によって成り立つのであろう


 ここを
 押す

 そしてすべらす

 紙に理論をねめつける


 おおかた
 誰もが
 考えたことのある速度で

 虹を
 何度でも振り返ろうと


 失敗する
 書き損じる

 時間は有限であり おそらく無限でもあった
 数百年後に文字を見る
 誰かが

 私を
 見る

 虹へとかざす
 古びた原稿用紙を


 ゆめを
 見る

 それが虹だ


 ただしインクは黒でなくてはならない

■ 4 サララディの体液 ■

 カン テラ
 と
 四季 とどろけば支柱の乾いたような ベールが
 壊れど刺す
 気?
 裂く と縫うふう
 拒めど射す
 気?
 サクッと縫うふう

 月夜に四季 のシチューはタブー
 いくせつ注 ぐシチューはサララ
 ラ

 カミ キレ
 と
 君 ささやけば忌中の乾いたような ウェーヴが
 壊れど刺す
 気?
 裂く と縫うふう
 拒めど射す
 気?
 サクッと ア――――→←―――→―――→―

 皮膚 も皮膚 もタブーだった
 の?
 眼球も タブーだった
 あっ、
 唇 も耳 も鼻も
 ね?
 指先も タブーだった
 の?
 大腿 も膝 も足も

 壊れど刺す
 気?
 裂く と縫うふう
 拒めど射す
 気?
 サクッと縫うふう
 壊れて刺す
 気?
 裂く と縫うふう
 拒めば射す
 気?
 サクッと縫うふう

 食卓四季 のシチューはタブー
 君と液体 のシチューはサララ
 ラ

■ 5 モルトの悲鳴/カナキリコエ ■

 モルトおばさんがまた叫ぶ
 今日はどんなちっぽけな事か

 クモを発見したからか
 それともオメメが見えてる事か

 モルトおばさんがまた叫ぶ
 通りにひびく いい声で

 角につまづいてぶつけたか
 新聞売りが 来たからか

 モルトおばさんがもう叫ぶ
 うるさいモルトのおばさんが

 朝のご挨拶キャアキャアキャア
 昼のご挨拶ギャアモウヤアア
 晩のご挨拶ヒエエヒエエヒョエエ

 モルトおばさんのこのごろは
 あいも変わらず叫んでる

 旦那の浮気がバレたのか
 それとも喧嘩をしたからか

 通りにひびく いい声で

 慣れてる町の ひとびとは
 BGMとも言うけれど

 彼女は町のスピーカー
 モルトおばさんのカナキリゴエは
 とうとう城まで聞こえるらしい

 こんなの言ってる今でさえ
 モルトおばさんは叫んでる

 ヤカンを落としてしまったか
 それともネコに 驚いたのか

■ 6 ザニカタックストントの憂鬱もしくは鬱血 ■

 執事はいつも憂鬱である。特に、伯の最近の言動といったら頭を 悩ませる。
 あの不幸な若者の気球を買い取ったり、あのご無体な男の眼球を買ったり、あの狂っている細工屋の釦を買ったり、あの喪服紳士の研磨剤を買ったり、まぁ、様々である。
 金銭管理の帳簿を閉じ、ザニカタックストントはシェフに今夜のディナーの指示を出す。もちろん、サララディの血をひとつ隠し味にすることを忘れずに、と。庭師に、エドの薔薇を買い付けてくるように指示し、メイドにはベッドメイキングをするよう言いつける。
 誰かの悲鳴が遠くに聞こえる中、指示を黙々と出しながら、伯への鬱憤はたまりにたまって普段手前にそろえている両手のうち、右手で、ギリギリと左手首を締め付けた。

 執事の左手首は、最近いつもそうだ。
 鬱血している。
 執事は右利きだ、問題はない。

 鈴の音がひとつ。伯が執事を呼んでいるようだ。部屋に向かう。
 シャルアンメルニ伯は部屋の窓辺で銃を磨いていた。今度こそ変な事を言い出したら、いっそ首に手をかけようかとザニカタックストントは心の中で思う。用件は、コーンコールの論文を取り寄せてくれという事であった。コーンコールは、ビオ・バ・ザールの法則を提唱した変人である。白の研究をしているリツリシヴァンをひいきしている事から、伯の、そういった変人趣味は心得ているつもりだ。
 つとめてにこやかに「かしこまりました」と執事が言うと、伯は、君の手袋をちょっと貸してくれないか、と言った。
 一瞬停止し、次にかしこまりましたと両手の白手袋を脱いで渡すと、シャルアンメルニ伯はしばらく執事の左手首の色を見て、そうしてこう言った。
 「今度から、手袋をしないまま仕事をしてほしいと言ったら?」
 執事は
 「申し訳ございませんご主人様、それだけはご勘弁ください」
 ギリギリと手首を締め付けながらザニカタックストントは言った。
 伯の目は、舐めるように執事の手首をたどり、張り付いている彼の笑顔を通り過ぎ、窓の外へと向かった。

 誰かの悲鳴が遠くに聞こえる、昼の事である。

■ 7 エドの薔薇 ■

 エドワードのものである薔薇は
 エドワードのものでない薔薇より
 少しだけ
 複雑だ

 エドワードのものである薔薇は
 他のだれのものでもない薔薇より
 少しだけ
 鮮やかだ

 エドワードのものである薔薇には
 エドワードのかけらが入っている
 少しだけ
 少しだけだ

 エドワードのものである薔薇は
 エドワードの母の育てた薔薇より
 少しだけ
 棘がある

 エドワードのものである薔薇は
 エドワードのものでない薔薇と
 少しだけ
 似ているが

 かなり
 けっこう
 似ていない

 エドワードのものである薔薇は
 エドワードのものでない薔薇より
 少しだけ
 手厚く
 育てられ

 エドワードのものである薔薇と
 タグに書かれる

 エドワードのものでない薔薇は
 タグがつかない

 エドワードのものである薔薇は
 エドワードのものである薔薇と
 少しだけ
 挨拶する

 エドワードのものである薔薇は
 生きている

 それも
 少しだけ
 少しだけだ

■ 8 シシの釦細工――銀白色限定 ■

 この世で一番美しい彼女のために。
 内側は熱でグチャグチャさ。うすっぺらい皮膚の外側からはもう、おしまいだけが広がっている。
 何度も死ぬ夢を見た。
 ねぇ、君、聞こえないかこの衝動を。内側からはりさけてしまうよ。君、君、君――親愛なるリツリシヴァン!
 白の研究の進み具合といったらなかった。7年以上かかってやっと透明と白の違いを証明できるかしこさだったね。遅いよ、いまさら、人間なんてあいまいなのに、彼女が美しいことだけは絶対値で勘定して。
 ひどいんだ。
 伯爵から金だけ奪って、悪魔みたい。
 そんな悪魔のような君は、美しい彼女を手放さない。
 どんなにひどいことをしても、彼女は君から離れようとはしないし動こうとしない。君だって彼女を放さないし、毎日飽きずに眺め続けている。
 なぜなら、彼女だけがこの世の絶対値だからだ。
 皮膚の外側からがおしまいなら、彼女と触りあってまるごと溶けてしまえば同一の瞳孔が開くという寸法さ。
 カヤックラフトは君を罵ったね。
 彼女をめちゃくちゃに壊すなんて、許されないことだ、神への冒涜だ、とね。あれ、痛くなかった? 飛んできたジョッキさ。
 彼は、彼も、彼女が好きだったんだ。
 残念。
 リツリシヴァンは彼女を決して放さない。
 もう何回言った?
 君は、持っているバランタイン3種類のうちの黒色のほうを飲みながら、カヤックラフトの素朴さは絶対値かどうか決めかねているよね。まぁ、結果はスグに見えてしまうから、今しばらくは保留にしておいてやるんだ。
 彼女が絶対値であることの証明は、動かない彼女が純白の石膏像だったということに他ならない。
 リツリシヴァンは人間で、そして人間は、矛盾が好きだ。だからいくら絶対と言ったところで絶対なんてありはしない。
 君は病的に白を愛してやまない。絶対に限りなく近く、回答を得られる唯一の終わりで、酒を飲み、乳房を眺め、そうっと触れて恍惚と酔う。
 きみがすきだ。
 名前はない。
 いかにも名前をつけてみようと、細工をした白があった。もうだめだいっそ壊れてる。銀色に光って、それでも白が混じっていると……、君はあぁ、君だったら、ねぇ、言ってくれるだろう?
 君、君、――親愛なるリツリシヴァン!
 君の唯一の趣味であるヴァイオリンのケースに、こっそり名前を付けていることを知っている。君の唯一の絶対値である彼女に名前がないことも、知っているんだ。見てたから。
 カヤックラフトを君はけっこう好きなんだ、愚かな友人として。
 サララディの事を気にかけているね? あの子はよく血を流す。
 白。
 月光。照らされ白銀に光る釦の中に君を彫刻しよう。
 リツリシヴァンがいつもそうするように、円環の中央に、白の証明を刻んで。彼女を愛する君だけを、絶対値にして。

■ 9 ビオ・バ・ザールの法則 ■

 ビオ・バ・ザールの法則とは
 何か自分の近くで話しをしている人がいて
 自分には関係ないと思いつつも耳をかたむけてみると
 実は自分に対して話しかけていた!!
 ……と気がついた時のモモの木度を数値化したもの

 もっとわかりやすく言うと
 漫画でよく登場人物が「ガビーン!」となった時に
 頭のななめ上に出るちいさな雷のようなビビビを数値化したもの
 (例:狽ヲーっ!? ちょっ、まっ!)

 ・量記号 A
 ・単位 {Ya}

 ・公式 A=MELC/(W+T)

 M 相互インダクタンス
 E 起電力
 L 自己インダクタンス
 C 静電容量
 W 電力量
 T トルク

 ・公式を覚えるための合言葉
  あんめるすぃや〜♪

■ 10 シャルルの研磨剤 ■

 処刑人の家に生まれたシャルルは
 心などすりきれるものではないと言う

 汚いものを見て
 汚れた一族と罵られ
 目が合うと死ぬとまでささやかれても

 心などすりきれるものではないと言う
 汚いものが、心にブツブツとひっつき
 黒ずむのだ、と

 そんな心の黒ずみをキレェに磨く
 シャルル特製の研磨剤が発売された


 しかし
 誰も

 ああ
 買う者はいない
 不幸が移る

 不幸が移る
 と


 シャルルの不憫を汲んだシャルアンメルニ伯が
 研磨剤を全て買い取った

 犯罪を犯し拘束されている者の心を磨くと
 彼らは罪を告白し、悔い
 冤罪で拘束されている者の心を磨くと
 彼らは心から泣き、泣いた

 この地から死刑囚が出なくなると
 処刑人の仕事もなくなり
 シャルルの一族は人々から尊敬の念を集めるようになった

 研磨剤で丹念に磨かれたシャルルの心を
 もう誰も
 黒くしようとはしない