■ セレンゲティ ■

 静かを摘む。真空が揺らぐアンメシュゲルダの斜めを横切る彗星は。光を連れて、祖を連れて。 この平原へと涙して来るは、ただ、セレンゲティ。それだけで。そのうち赤い、素足で踏みつけるかの土。土? まさか。これなど有機の土ではなく、キミの天命(エデン)を受け入れようが、否定し激しく拒絶しようが、セレンゲティは、ただただセレンゲティで、セ、レ、セセレン、ゲ、ゲッ、テ、エ、エエエエエエそしてそしてただただそしてピィ―――――――……ブッ。

     ☆

「――こらイザク! カセメテ返せェ〜!!」
「やぁーっだぴょーん!」
「返せってば!!」
 通路を曲がると機械兵。セヅ=オクオトメはぶつかり、後ろにのけぞるように尻もちをついた。
「セヅは本当にのろまだな〜!」
 イザクことキュリロッス=イザキュルレはなおもセヅをはやし立て、そのまま通路を左へ曲がり、セヅの視界から消えた。
 ぽたぽたと、セヅの瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。赤色に光る髪。神の子供の一人であるセヅを、機械兵はただ感情もなく見つめている。
 無機知性体が現存しているこの宇宙、アンメシュゲルダ銀河には、母体と呼ばれる惑星基地セレンゲティがある。別次元宇宙への全方向転移の際に無機物質が大量破損し、当時のオペレーティングシステムは世代交代を余儀なくされた。
 データ交換時に破損した情報データの中から有機データを取り込んでしまった母体は、身のうちに自我を生み、個体分裂を起こした。
 これらの自我を持つ複数の情報個体のうち、破損した無機物質を作り上げるため、完全有機生命体を生みだそうというエデン計画を実行した個体がいた。
 後にザクロ=ヴァレンタインと呼ばれる個体がそれである。
 そして進化を促すための「花嫁」と呼ばれる候補個体を複数生み出した。セヅやエルス、イザキュルレなどがそれにあたる。
 だが、これから先、また厳しい選別作業が彼らを待ち受けている。
 最終深化。
 神の子供としての厳しい運命が。
「――セっちゃん! これ……」
 甲高い声に、セヅは頭をあげた。涙で幕がかかった瞳が認識したのは、エルス=ヒュルグイオだった。
 長い金の髪を足もとまで伸ばし、微笑みかけるその手には、セヅの人形・カセメテが握られている。
「エルス……、ありがとう」
 セヅは涙をふいて手をのばし、エルスからカセメテを受け取った。と、エルスは後ろをふり返り、
「ほらっ、イザク! 謝りなさいよ!!」
 イザキュルレを呼んだ。バツが悪そうに現れたイザクは途中で窓を見て立ち止まった。何処までも黒い宇宙の中、突然、青い光が現れたのだ。
「彗星だ」
「ほんとね……、綺麗だわ」
 見とれている二人に反して、セヅだけはまた涙を流す。それが何故なのか、少年はまだ、知らないまま。